2012年5月27日 (日)

お疲れの後は、お疲れの後も、お疲れじゃなくても・・・

おととい久しぶりに風邪を引いてしまい昨日はアタマがくらくらする中、内装工事で家具や物の移動に追われその合間を縫ってkanaちゃんを「クッキングスクール」へ送る。


去年の夏休みに「焼きドーナツ」でも利用した地元のガス会社主催するクッキングスクールで毎週何かしら開催されている。勿論平日は大人向けもあり(今度私が参加するけどー)、男性向けもあり、新米ママさんの”離乳食作り”なんてのもあり、託児OKだしこういうキッズ用のメニューもあったり(小学生以上は子供たちだけで参加)といろいろと利用価値が高いスクール。しかも費用はその都度だが今回は700円。大人向けのちゃんとしたディナーメニューでも1000円とかそんなもん。だから気軽に利用しやすい。
総勢20名ほどの募集で講師含めアシスタントが5名もついてくれてる。
親としてはかなり安心してお任せできるシステムだったり(* ̄ー ̄*)


ということで、今回は「シュークリーム」作り!!レシピを見るとカスタード作り、シュー皮作りとあってなんかこれかなり上級じゃない??なんて思ったりして。クッキーであたふたしてるママなんてシュー生地は雲の上だわ。

こちらおみやげ~。

さて10時半から13時半までスクールへ行かせその間は家具の移動だとか前日終了した部屋へまた物を戻すー、とか。ほんと、引っ越しもそうだけど家の中の物・・・って、なんでこんなにたくさんあるんだろ・・・って思う。


スクールから帰宅したkanaちゃんは夕方のスイミングスクールまでは時間があるからと言って児童館へ。あー、手がかからなくて助かるdash

家の中をもっとやりたかったけど外で遊びたがるtakちゃんとお隣のお友達とで外遊び~。1歳下のお隣さん、かなりSですねえ。珍しくMになってる我が子。
子どもの会話は面白い。大人には理解できない「会話」が子供同士では成立してるところが笑っちゃう。一生懸命怒ってるんだろうけど大人にしてみれば何つじつまがあわないこと言ってんの?と思いきや、怒られた子供にはつじつまがあってるみたいで2人であーだこーだと会話成立の末、結局仲良く遊んだり。子どもなりにコミュニケーションの勉強してるんだろうけど・・ちんぷんかんぷんなやりとりに隣りのママさんとも爆笑。


そして夕方はkanaちゃんのスイミングスクールへ。最近やたらとスイミングが終わると「もう・・疲れたー!!」と叫ぶkanaちゃん。あのkanaちゃんの口から「疲れた」って・・相当泳いでる?!と思ってギャラリーで見てみると今はもう上級クラスのため個人メドレーでタイムをあげる練習だからひたすら泳ぐ。しかも人数が少ないもんだからすぐ順番が回ってくるらしく休む暇もなく泳ぐはめになってるようだ。

自由形、背泳、バタフライ、平泳ぎ・・・いずれも一回50メートルをひたすら泳ぐ。すごいなあ・・・。ちょっとタイムは遅いけど全種目をとりあえず50メートル泳ぎきったkanaちゃんを見て尊敬。
今は2級で次の1級に合格すればその先に「特急クラス」があるがそこはもうタイムを競うだけのクラスだからkanaちゃんはあまり興味がないようで。
公式資格の「泳力検定」でも受けたら?と言っても消極的。
まあそれだけ泳げるようになれば充分だと思うからね。このクラスが合格して1級も合格すれば辞めたら?と言ってある。今もう辞めたいようなこと言ってるけどここまできたら1級までいかないと・・・えらい中途半端やんけdash


そして何にしても体力消耗したあとは・・コレしかないわ~。スイミングスクールの近くにある焼肉屋に行ってしまった(゚ー゚;

  

これがドイツビールだと知ったのはつい最近で・・、こんなに飲みやすくておいしいビールがあるとは!!!っていう感じの非常においしいビールでやんす。これに「塩キャベツ」が合うんだよねー。きゅうりが好きなtakちゃんは自分でメニュー見て「オレ、しお(塩)きゅうり食べたい!」と。最近「オレ」をよく使うけど・・・「オレ」に続く内容ってたいてい「オレ」と相応してないところがオカシイ。でも塩きゅうりもイケるんだよねー。

あ、キャベツときゅうり以外にもお肉、食べましたヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ


2012年5月25日 (金)

今の「壁」・・・なんちゃって。

壁。そう・・・これが今問題になってる「壁」

・・・・・って、違う違う!!!Σ(;・∀・)

たまたま偶然の偶然に重なったコトに思いついてネタにしてみただけーsweat01

今日から家の壁紙張替え工事が始まった。だいたい1週間くらいかかるそうで今日は1階のほぼ「納戸」状態で使ってる部屋と洗面所、トイレの壁と天井張替~。明日は一日かけて寝室~。来週は廊下と一番物が多くて移動するのが大変な2階~。という予定らしい。


壁の張替えは築10年くらいを目安に張替えたほうがいいそうな。特にキッチンなど湿気や油煙が出るような部屋はあまり年数が経ってから張り替えると壁紙が湿気を吸ってしまってるためにキレイに剥がせなくなるらしい。最悪は下地も一緒に剥がれてしまって大変なことになるとか。なので今年は外壁も塗りなおしたついでに室内もやってしまおうということでこのたびこのたび・・・というわけだ。


が。何かが落ち着かない。・・・全く落ち着かない。

考えてみれば外壁塗り直しが決まったのが年明け。スケジュールの調整云々でその工事が始まったのは2月。雨だの雪だの強風だのにたたられ工期が延びて結局3月初旬までかかってしまい・・・、3月、4月は新年度入れ替え時期ということで会社も決算を挟んでバタバタ・・・、kanaちゃんは黙っても4年にあがるからそこは余計なことを自分に巻きこまないようにしできるだけ放置し・・・、takちゃんの入園準備で追われ・・・、入園したらしたでなんだか降園時間がばらばらで、kanaちゃんのほうもばらばらで、で、4月は懇談会だの授業参観だの役員会だのがあって落ち着かない毎日・・・。



自分が始めた諸々の事も同時進行。これは2人がいない昼間に詰め込んでるせいかあまり慌てることはなくペースは保持。とはいえできればまとまった時間が欲しい。でもそれもうまく調整できずにいてじゃあいつから集中して行かれるか、毎日一日に3つも4つも用事があった4月よりも一日2つまで用事が減った5月?それも毎日じゃなくなってきたから5月からか!?5月もGWが終わってやっと2人も平常時間になりやれやれ・・


・・・と、思ったところにこの内装工事。内装工事もいろいろと予定が合わず結局この時期になったものの今考えれば私の体が空くこの時期でよかったような。外壁だったら在宅してなくても勝手に作業してくれるけど室内はねえ・・・。

ということで今後1週間はたいして外に出られず、takちゃんのお迎えや1~2時間程度の外出なら職人さんにお任せしてちょっと出るけどしばし「外出欲」は封印。逆にここでさっさと終わらせないといつまでも落ち着かないし。

なんて気づくともう6月?!一年の半分Σ(・ω・ノ)ノ!?!


時間がどんどん過ぎていくのに・・・・アタマの中は遅れをとってる模様sweat02

ついにドコモの夏の新機種モデルは「スマホ」オンリーになってるし。「らくらくフォン」も「スマホ」になってるし。

なんだ・・、改めて考えなくも身の回りが「壁」だらけじゃん?

いやいや、「壁」ってーのはそういうんじゃなく・・・。





2012年5月24日 (木)

今と300年前の「壁」

壁。

壁。

壁。

壁。

壁。

「目標に近ずくほど困難は増大する」とはゲーテさんのお言葉だけどまさしく今はそんな感じ。こういうのって300年経っても、いろいろな文化や科学が発展しても・・・、結局人間は人間であって所詮人間の成すこと、悩むこと、迷うことって同じなんだな、と思ったり。


じゃあその立ちはだかる「壁」をどう乗り越えるか。

さて。

どうしようかね。


人それぞれのやり方があるけど、とりあえず私は・・・・・よいしょ、よいしょ・・ってただただ登っていくアナログ的なやり方で攻めようかな。「攻める」も何も・・思いっきり正攻法だけど。


「ダメならダメで。」


↑ こう言うと『根性がない!』と言われそう・・。諦めるな!ということでしょうけど。ま、実際「根性」出して何かをやったこともないからそう言われちゃっても仕方ないとは思うけどね。いやいやそうじゃなくてさ。


諦めてはなくて『自分次第で』、ってことなんだけどー。

なので。少しづつ登って越えて登って越えて登って越えて・・・・越えていくしかないのかも、いろんな壁を。

でも越えられるかなぁ・・・。と、自信はあるわけでなく無くもなく・・。




・・・・・困難と不安が増大する最近(u_u。)

2012年5月23日 (水)

いよいよ夏モノ

夏に向けてのひと仕事~。


夏用の幼稚園の制服とスモック、麦わら帽子を購入。これからまた「名前」付け~。年長からの入園って特に夏服は今年だけしか着ない、っていうか3,4か月しか着ないのにもったいないけど・・・致し方ございません。


あんまり汚れないだろうから卒園したら町の広報誌にある「ゆずります」コーナーに出してみようかな。幼稚園の制服代もばかにならないから結構「ゆずってください」「ゆずります」のリサイクルコーナーに○○幼稚園制服サイズ110、とかっていうふうに出てるのだ。


特にこのあたりでは比較的人気があって生徒数も多く、遠足も高速使って○○サファリパークとか行っちゃったりするという某幼稚園は制服代、体操着代などの衣装代が夏冬合わせて6万だとか!!・・それじゃあ「ゆずってください」だよねー、やっぱりdash


そして右下にあるタンクトップ型セパレート水着はkanaちゃんのもの。これも名前付け~。一昨年までは普通の水着の型だったのが去年から水着を新調するならこの型に指定となった。やっぱり”目線”なるものを気にしてか体操着も短パンになってるし、段々変わるのね。

でもコレ、着せたら「何これぇぇぇ!!カッコ悪っ!!」とkanaちゃん。「普通の型のほうがいいのに!」って、スイミングスクールではそうだからね、それのほうが手足が動きやすいってことかな。確かになんだか「グレコ」っぽい。


takちゃんの幼稚園もこの夏にプールがあるが水着は指定じゃないという。それなら胸の傷が気になるからパンツに半袖のラッシュガードを着せようかなと考えてはいるけど多分みんながパンツだけだろうからラッシュは嫌がるか・・どうか。か、暑がるか・・どうか。


この間の健康診断で上半身裸になった時に子供同士はあまりというか全くtakちゃんの胸に傷跡があることに気付かなかったようでだいたい本人もほとんど気にしてないから別にいいんだけど、パンツでもね。遊園地のプールとかに入るときだけにするかな、ラッシュは。知らない人が見たらやっぱねえ、ちょっと驚くよね。
・・気にし過ぎかな。takちゃんの場合は胸の真ん中の手術跡だけじゃなくて左のあばらにそって背中から前にかけての跡(側開胸)もあるからそっちのほうがどっちかというと気になったりするけど・・というか知らない人が見れば(あばらの手術跡は)やっぱりびっくりするんじゃないかと・・・でもやっぱり気にし過ぎかしら。


びっくりしたからといって何が?っていうことでもあるけどちょっと私的に気になる。正面一直線にガーっと跡が。そして脇下にあばらにそってもガーっと跡が。それぞれ約15~20センチの長さ。あばらのほうは手術跡の真ん中あたりだけが一部ケロイドっぽくなって少しだけ傷跡が広がってる。・・・・・う~ん、どーでしょう(-ε-)。っていう感じ。


と、ここまでいろいろと考えたけどよく考えれば幼稚園は自分で水着を着脱するわけだからラッシュはtakちゃん自分じゃ着れないな・・・あははは・・(;´▽`A``


で。なぜこの場にスティッチがいるかっつうと。

右の耳が取れてしまいい・・・、一緒に針仕事ということで。
takちゃんが毎晩一緒に寝てるスティッチ君なのだ。

2012年5月21日 (月)

見た!!

ここのエリアは晴天に恵まれめでたく「金環日食」が見ることができましたー!!

しっかし、この「日食用サングラス」。まあそれはそれはイイお値段でして。一つ¥598也。
しかも「仮面ライダー」バージョンって・・。全くこういう商魂はすごいね。ちなみに「日食」による経済効果は10億円だってさ。

でもでもおかげ様で「金環」が見ることができてちょいと感動~shine

うちの仮面ライダーはどこまで「金環」がわかってんのか不安だったが空を仰いで「あー!なんか輪っかが見えるよ、ママ!指輪みたいだよ!!」って叫んでたから一応見れたようで。


kanaちゃんは金環になる7時30分頃に登校だったがみんなの登校班の集合場所でみんなで見たということ。よかったね、今度はまた何百年後だからね、ここで金環見れるのは。


こういう宇宙を身近に感じるとほんと、日頃の悩みがちっぽけに感じる。自分もちっちゃく感じる。
なんだ・・・たいしたことないコトで悩んでうじうじして・・・くっだらなーーーーいっ!!

と、思ったもののやっぱり日食が終わって「現実」に戻るとくだらなくなく、たいしたコトであったりして。まあいいや。



今日は幼稚園までお迎え。しばし園庭で遊ぶtakちゃん。ロープを使わないで勢いで駆け上がったもののてっぺんに手が一瞬届いてそのまま辛抱できずに丸太の上をズルズルズル・・・・と落ちた。

スネがあざだらけだけど・・・、これが原因の一つか???



2012年5月20日 (日)

1年ぶりの「開胸」

「斬り捨て御免!!!!」


今がまさに鯵が旬!!

鯵の昆布〆めが大好物のkanaちゃんの季節が到来!ということで私も一年ぶりに3枚おろしをすべき「開胸」を・・・・・。


昨年初めてコレを母に習って作り始め、何十匹という鯵様を練習にさせていただきそのうちの何割を昆布〆めにできたか、という散々な結果だったがやっとなんとか3枚おろしもできるようになり・・というところで鯵の旬の時期も終わって来年に繰り越しね、というのが昨年の成績だった。


果たして今年はどーなるかっ?!


と、思いきや、体で覚えてることは意外にも意外で・・。

自分で言うのも何だけど?結構上手に3枚おろせちゃった。あ、ちなみに去年の連敗した「失敗3枚おろし」はてきとーに塩コショウしてソテーにしたり、中骨に多く身がついてしまってるものは「アラ汁」にしたり・・・と無駄なく使った。

なので勢いよく今回は大漁にゲット!そして5匹の鯵を延々さばく・・・。

  こちらは「アラ汁」行き。冷蔵庫で2、3日乾燥させてオーブンでカリカリにして「骨せんべい」でもいいんだけどどうせならアラ汁に。


使っている包丁はふつうの包丁。特に出刃包丁じゃないが川越の包丁屋さんで購入して定期的に研いでもらってるだけに3枚おろしくらいは楽々カットできる切れ味。一回の切り口でキレイに身が切れる。
と、ゆーーーことは?

キレイに指が切れる∑(゚∇゚|||)!!


・・・そう。すーーーーーっと骨に沿ってさばいてるときに身を抑えてる左手の親指の腹もすーーーーーーっと同じ力で同じスピードで同じように切ってしまった・・・・・・・・・・・・Σ( ̄ロ ̄lll)


あちゃーーーっと思った瞬間、あまりにも深くてキレイな皮膚の切り口でまずは痛みが無い。ぱっくりというほどじゃなく魚の身と同じようにキレイに斜めに切り口が・・・。実は「ぱっくり」だったがあまりにも切り口がキレイだったためにその深さがわからなかった・・・・。


あらあら・・と思ったと同時に血が出てくる出てくる!そりゃそーだ。魚の身を一回でさばけてしまうくらいの切れ味なんだからそれはそれはキレイな切り口といえどもその切り口は「深い」。

きゃー!あたしこういうい情景ってダメなんです・・・と、言ってるヒマもなく親指の先が血に染まる。


痛みが無いから・・なんてタカをくくってたがだんだんズキズキと痛みが出てきた。血が止めどなく出てくるからてきとーにティッシュで抑えてしばらくしてからバンドエイドを巻いた。でもバンドエイドなんて気休め・・・。えぇぇぇ~こういうとき・・どうしたらいいのぉぉ???

と、とりあえずバンドエイドを巻き巻してなんとか出血を抑え、しばらくすると出血もおさまりバンドエイドでOKな程度に。

結構な出血とはいえ指の腹の血管だからたいしたことなかったから肝心要の鯵の身には影響はなかったけどいやー、切れ味抜群はちょっと怖いものがあったりして・・・。スーーーーーーーーーーーーーーーッと無駄のない切れ味・・・

ゾっ・・・Σ( ̄ロ ̄lll)


いやいや、やっぱり包丁扱いにはつきもの、とはいえ切り口って・・ほんっと、痛いねぇ・・・・・(ノ_≦。) あうぅぅぅ・・って感じ。


あー、そういえばー、15日はkanaちゃんの誕生日だった。めでたく10歳になり、本人の希望で「チーズケーキ」が誕生日ケーキとなった。その日は彼女の希望でこの鯵と鶏肉のから揚げ!アナタだけよ、私の料理をおいしい、最高と食べてくれるのは(^-^;

えっと、ちなみにスーパーで「3枚おろしにしてください」と言えば加工してくれます。自分でどうしても3枚おろしをしたい!という方は最低10匹は犠牲になるかと思いますが・・・・。その体験から学ぶことは多いと思われ。

是非、挑戦を!!私も3年越しで体得した次第Σ(;・∀・)

鯵様・・南無・・!




2012年5月19日 (土)

人間万事なんたら、塞翁がかんたら

母校の短大が今年の3月に「閉校」になった、というお知らせが届いた。かつて3つあった科が数年前に1つに絞られ私が卒業した英語科もその時に消滅し「栄養科」だけが残ってたが風前の灯の印象を受けた・・が。ついにその灯も消えてしまった。


なんかさびしい・・・。


当時はバブルの時代で就職も引く手数多。超売り手市場だった。英語科は盛んに留学や海外就職に殺到する子が多く、国内の就職先でもやっぱり「花形」といえばスチュワーデス。大手航空会社はものすごい競争率だったっけ。他にも証券会社や都市銀行などに決まればもその後の人生はバラ色。

そういう就職先で結婚相手を見つけ場合によっては海外赴任で海外暮らし、セレブリティな生活でその後も安泰、友達にちょこっと自慢したり羨ましがられたり。そういうのがどこか心地よく、言う方も言われる方もキャーキャー、ワイワイと何かと盛り上がる時代だった。

それが、数年したらなんと「そんなこと100%あり得ない」だろうと思っていたことがどんどん世の中に起こる。

銀行の合併、倒産、証券会社の倒産などなど・・・・。まだまだそんなのは序の口で生活や世の中ががらりと変わり、バブル時代の全てが派手だった時代はどこかグレー気味に・・・。そして日本はいつしか停滞から衰退へ。先が見えない不安が襲う時代。空を飛んでいた友達は今どうしてるんだろうか、ご主人の勤務先の証券会社、大きく新聞に載ってたけどその後どうしたのか・・・。海外に行ってたけどこっちに戻ってきるのか・・・。

経済が変われば生活環境が変わり自分たちも変わる。当時からすれば今のこの時代は想像もつかなかったことだろう。私もまさか自分の出身校が「閉校」になるとは全く思ってなかった。数年前に出身の科がなくなってしまったのにも驚いてさびしさを感じたが今回はなんともいいようがなくさびしい。自分の履歴を消された感じがする。

「閉校」とは言っても同じ敷地内に併設されている4年制大学はまだ健在だからキャンパスも残ってるし学校自体はある。来年私が入学を(あくまでも)予定している通信大学に入学する際に必要となるその短大の「卒業証明書」は発行してもらえるからその時にちょっと足を運んでみようかな。

kanaちゃんが4歳くらいだったか、一度kanaちゃんを連れてえっちらおっちら電車とバスを乗り継いで夏休みの時期に短大に行ったことがあった。というのも4大のほうに所属する外人の教授が主催する英語スクールがそういう長期休暇に集中的に行われてて在学中に年中それに参加したりそれ以外でもその関係の友達と遊んだり教授の部屋で何か手伝ったり・・と自分の本職の科よりもそっちとの付き合いのほうが多く、濃い2年間だった。卒業後は何人かの友達と付き合いはあったものの学校もご無沙汰だったから久しぶりにその先生にも会いたかったしやっぱりあの2年間は楽して楽しくてものすごい濃い短大生活だった。


何が楽しいかって。なんだろ・・・。別に付き合ってた人とかがいたわけじゃないからそういう楽しみはもともとなかったけどー、とにかくその時に注いだ自分の時間が炸裂していたんだな、きっと。学校も仲間も楽しい、学校の後の「とんかつ屋」でのバイトも楽しい、そこでの仲間も楽しい。当たり前だけど今と全く時間の使い方や意味が違った。同じ24時間なのに・・。


人生においてあれだけ今にして思えば自分に与えられた贅沢至極な時間って無いんじゃないか、って思う。

そんな自分の時代があっての今の自分がいるわけで。「閉校」となるとどこか自分の何かが何かに消されたような印象があってさびしいなって。

あのときスチュワーデスになってたら・・・、あのとき違う道を選んでいたら・・・、違う短大に入ってたら・・・、違う会社に就職していたら、たら、たら、たら・・・・・。


別に未練があるわけでも後悔があるわけでも何でもないけど一つ一つ「~たら」と考えると考えた分だけの人生があって不思議なことにどれの未来も今現在と一致はしないことは言える。とりあえずこのアタマで考えた末に選んだ道に今の自分がいるわけだからどうあがいても今は今でしかなく。これ以下でもなくこれ以上でもなく。

結局のところいろいろと考えると「人間万事なんたらが豚」なんだなって思う、きっと。

うん、私の場合は豚でいい。
バイトがとんかつ屋だったからね(-ε-)



2012年5月18日 (金)

怪我はコワいけど・・・体操クラブへいざ!

保育自由参観日があった。

9時から11時半の間に行って保育の様子を見学ができるという。どんなふうにお友達とやってるのかな、と思って行ってみた。ひらがなの勉強ということで「つ」と「や」の書き方の練習。

「つ」から始まる言葉は何でしょう?と先生が質問するとみんな「はい!!」「はいっ!!!」と大きな声で手を挙げて「つみき!」「つばめ!!」と指名されたお友達が言葉を言っていく。

「それじゃあ今度はお友達のお母さんにこたえてもらいましょう!」と先生。指名された子供のお母さんが答えるのだ。「つ」「つ」・・・一度出た言葉はNG。えーっと指された場合を考えてなにか無いかな・・「つ」・・。と、思ったらあるお母さんが答えた。

「つくね!」

・・・呑む人だな、( ̄▽ ̄)bottle 教室もいろんな意味で?どっと歓声が。

じゃあ次の「や」・・「や」は「やかん」とか?しりとりじゃないから「ん」がついてもいいしね、指されたら「やかん」にしようかな。

そしてまたあるお母さんに指名が行き、答えた。

「やきとり!」

・・・このお母さん絶対呑むな、( ・∀・)beer

そしてその日、降園してきたお手紙ばさみの中にチラシがはさんであった。
「体操クラブ体験申込書」??

ここの幼稚園では体操の時間、というのが週に一回あって園外から体操の先生を呼んでマット運動とか鉄棒とか習う時間があるがどうもさらに「クラブ」として園が終わった時間に1時間くらい活動があるということらしい。
「新体操クラブ」っていうのもあるみたいでこちらはリボンとかボールとかフープなど使ってバレエ要素を入れた体操とか。女の子が多いんだろうな、きっと。

で、takちゃんにこれがいいんじゃないかと思ったflair

あー、「体操クラブ」の方ね。

走ったりしないしマット運動や鉄棒とかならいずれ学校入ってからもやるし今から慣れておいてもいいんじゃない?どーせ、ヒマなんだしdash
ということで早速申し込んだ。今回は「一か月無料体験」という案内のため、6月のみ。毎週金曜日、計3回の体験でもし興味があればその後は【入会】へ、という運びだ。無料だし、毎日じゃないならたまにはいいじゃないの?


それに考えてみたらtakちゃんは鉄棒の経験が無いといっていい。kanaちゃんは年少から通ってたし年長にはもう逆上がりが一人で出来てた。

takちゃんは鉄棒といえば公園の鉄棒に「ぶら下がる」だけ。でも実はなんか胸が鉄棒にあたるのがわたし的にちょっとコワイところがあるのがどうもやらせる気が起きないのが事実。鉄棒を回るときは胸じゃなくてお腹だけど鉄棒に上がったり何かの拍子で胸付近に鉄棒が当たることはあるからなんか少しだけ出っ張ってる胸骨がとても気になるのだ。というかー、鉄棒を教えるって結構難しいものが・・。横で補助してもなかなかコレといったいい具合に補助ができなくない??


とはいうものの当人が痛くなければいいし鉄棒にあたったくらいでどうなるわけじゃないだろうけど・・・。なんかちょっと積極的になれないのだ。


てな理由があってちゃんとした体操の先生の指導であればそういうことも予め連絡しておいた上で指導してもらったほうがいいかなと考えた。
すでに今の体操の時間ではちゃんと担任から体操の先生にはtakちゃんのことを伝えてもらっている。担任からだけど何度か確認もされたことがある。「匍匐(ほふく)前進をしたんですがズリズリと前(胸)を擦って大丈夫だったでしょうか」とか「運動会で年長がする『組体操』では2段目とか3段目に乗せても大丈夫ですか?」「『組体操』で一番下になったとき下が砂なのでひざとか痛いと思うんですけど大丈夫ですか?」とか。


組体操の上になる場合は「転倒」したときのことを心配してくれていた。もちろん保育士が後ろについて見てるとはいえ「アタマを打ったときだけは特に注意して観察してください」と伝えてあったから万が一落下したときのことを考えてのことなんだと思う。


いやー、正直言って組体操も匍匐前進も今までやらせたことがないので私も何とも・・・という感じだったがとりあえずやらせてみて先生の方で危なっかしいという様子があれば組体操の上に乗るのはやめさせてくださいと伝え、あとは別にみなさんと同じ扱いで構いませんと伝えた。


それよりも去年の歯を折ったときのほうが今考えてもぞっとする・・。よくあれだけの出血で済んだな・・と思うとねえ∑(゚∇゚|||)


来月から毎週金曜は「体操クラブ」。たった3回でどれほど何ができるかという期待はゼロだけど何かは当人にプラスになってくれればいいなと思う。気に入ったら【入会】すればいいし。

怪我はやっぱりどうしても心配は心配。でもそれを気にしてたら何もできないし知識や処置をちゃんと知っていれば少なくても何とかなる。これから学校へ通ってもっとハードな運動もあるだろうし気にしてたらきりがない。ある程度ドキドキしつつ放つしかない・・・・・・と、丁度今幼稚園の担任から電話が。

夜7時半になって電話だなんてなんだろう・・と思ったら。

「今日、遊具を登ってる途中で背中から落ちてしまって・・背中と頭を少し打ってしまったんです。職員室で冷やして様子を見てたんですが吐き気とかもなく本人がもう大丈夫と言って園庭に戻って・・・。給食も全部食べたので園長とも大丈夫そうだねと言ってたんですが、おうちに帰ってから様子はどうですか?」

は、初耳ですが・・・・・・・・・・・・・・・・Σ( ̄ロ ̄lll)

takちゃんに急いで確認。「ねえ、今日落ちて背中と頭打ったんだって?」

「・・・・・・・・ん?」 「いやいや、ん?じゃなくて先生から電話なんだけど?打ったんでしょ?」 「え?あ。うん、落ちた」

打ったという背中を見たけど特に何でもなく・・、だいたいそれを話すことを忘れてる程度か・・?
なら問題ナシ、ナシε-( ̄ヘ ̄)┌

先生には重々お礼を述べ、園長先生にもよろしくお伝えくださいと言って電話を切った。


まあこんなもんかもdash ちなみに今回の背中は何でもないけど両足のスネには結構アザがたくさん出来てていつまでもうっすらと残ってる。

ココにワーファリンあり、って感じか。



2012年5月16日 (水)

至上の楽しみは毎週水曜日!

今の私にとって「一番の楽しみ!&ストレス大発散!!と云へば・・・・・・、毎週水曜にある手話講習!!!


これ、ほんとに心が豊かになるしとても楽しい!!長年の夢でもあった手話を習うことができている、という実感もそうだがその実感が毎回なんとも心を打つ。

講習のやりかたは一切手話通訳者を介さないで進められる。わかってもわからなくてもとりあえず講師の手話ですべて進行。講師の手話がわからなくても受講生同士で確認したり聞いてはいけない。わからなかったら講師に聞くべし。初めはその環境にきつかったけどそれが最近自然と講師のまだ習ってない手話が出てきてもそれがどういうものかだいたいの想像ができて例えそれがわからなくてもおおかた何を表現してるのかが理解できるようになった。


先々週からの講習内容は家族構成の説明。職業、年齢、専業主婦かどうか、子供は幼稚園?小学生?・・というように各々の説明。そして今までは自分で説明していたパターンが今日はそれを先生が「この人は何をしてるのですか?」「何歳ですか?」という質問形式でそれに沿って説明、といういわば「自力」の説明を要求された。が、結構それがすんなりと手話できたということがやっぱりこの「手話のみ」の環境ゆえの結果なのかなと思った。


今日は「お酒をいつも飲みますか?」という内容も。
私が指名されて前に出て説明したとき、「はい、ビールと日本酒飲んで日本酒のほうが多いです」という手話でみんながどよめく。あ・・・、いや、ちょっと誤解が・・・。ほんとは日本酒よりも『焼酎』と言いたかったんだけどー、それを聞きそびれ・・・・、やむなく「日本酒」。・・酒豪と思われたなsweat02しかも夫は下戸です、なんて言ったはいいけど・・・。アナタどんだけ飲むのよ?!って感じの印象を与えてしまった・・・。ま、いいや。ネタの一つとして・・・・。


手話の講習内容は先生と対面で行われる。手話は基本は「利き腕」がメインに使われる。それをまず間違えると後々面倒なことになるからそれは大事なこと。そして対面で手話をされるのはいいがたまに手話によってはどっちが右手?左手?か?という混同をしがちになる場合がある。だから先生が右手が利き腕であれば右手に何か目印なるもの(シュシュとか?リボンとか)をつけてこっちが右手ですよ~、という目印をしてもらえれば「対面」でも混同しにくいのでは、という受講生からの意見があってそれを講師に言ってみた。


そう。どっちが右手でどっちが左手かがわからなくなるのだ。

先生が「対面」ならなおさら。先生の右手はこちらの左側になるからちょっとややこしい・・・・。それなら先生は私たちと同じ向き、こちらに背を向けての態勢で指導すれば・・と思うがそれはそうでもない。ちゃんと意味があるのだ。それを理解するまでに時間がかかった。


そういう意見があったが先生たちはどう考えるか。それは「シュシュなる目印は一切必要がない。わからなければわからないで聞いてくれればいいこと。そのうち「目」が慣れるしそのほうが覚えが早い。今は大変かもしれないけどあるときからパッと理解できてそこから上達するのが早くなります、と。
言ってみればまさに「外国語習得の近道」のとりあえずがんがん「慣れよ」ということらしい。そう、確かに手話は日本語と文法が違うから「外国語」と思ったほうがいいと実感。


まずはすべて「見て」「覚えて」ください、ということなのだ。
文字通り「習うより慣れろ」dash


ましてや「見る」ことが手話は大事。ちょっと目を逸らすともう話の前後がわからなくなる。だから講師に釘づけ、じゃないけどずっと見ている必要があるのだ。


正直ここまで厳しい講習だとは想像していなかった。
講習も8月末まであるが欠席4回まで、遅刻早退は3回で1回の欠席とみなす、3回ある「講義」の出席は必須でそのレポートの提出をもって「出席」とし、それをクリアできたら「修了証」を出す、ということらしい。その「修了証」を持ってないと次の「基礎講座」に進めないという。そしてさらにその基礎講座の修了証がないと次の「応用講座」に参加できないらしい・・・・。

めちゃめちゃガチじゃないですかっ( ̄◆ ̄;)!?



それならやっぱやるしかないよね!!ということで最近受講生同士で団結が強くなってきていろいろと切磋琢磨している今日このごろ。その受講生同士でいろいろと話をしてみると意外とご近所さんだったり、子供が同じ幼稚園だとか同じそろばん塾だとか・・・町で主催してるからそんな広域エリアではないとは思ってたけど意外や意外。あらそこに住んでたの?あら、同じ幼稚園?と、接点や共通点があるある・・。


手話講座の志望動機はそれぞれにしてもみんな手話をモノにしたいという気持ちは同じ。


「日本酒」、「ビール」、「300ml」、「500ml」、「たくさん飲む」、「お酒は飲めない」「お酒に強い」は今日習得した。

今度「飲み過ぎた」「二日酔い」を教えてもらおう。こっちのほうがむしろ重要なり~( ̄ー+ ̄)。

2012年5月15日 (火)

「医師」って。

とあるブログから。書いてるのは現役医大生。
以下どうぞお読みください。

『当直実習で考えさせられる局面にあいました。

開業医さんから紹介で救急外来に来られた患者さんです。
絶食の指示と補液をされてやってきました。
急な腹痛なため開業医さんを受診しました。それから症状は治まり救外に来られた時にはすっかり軽快していました。

血算生化学検査やエコー検査の結果、いつまた症状が現れてもおかしくない状態でした。
さらに造影CT検査を施行して状態を確認したいところでしたが…。



「帰りたい。」


とのこと。

急変する可能性があるので入院させたいところでしたが…本人の状態、リスクなどを忙しい救外で丁寧にじっくり説明し、入院を強く勧めましたが…いま、軽快しているのでお帰りになられました。


自分が、この局面に立たされたらどうしてたかな。

本人の状態、リスクなどを客観的に説明してあとは患者さんが帰りたいのであれば(「勝手にすれば」と思い)帰してしまいます。一人の患者さんに長い時間かけれれませんし。

医師と患者には情報較差が顕著であり、情報を埋めるために1から説明するのは理想的であるが現実では不可能です。しかし、検査や入院を強要することもできない…。
たとえば入院を勧めたのに帰宅し、その後急変し亡くなると、医師の説明不十分として訴えられることもあるし…。

難しい…。

「命の保証はできません、念のため入院することを強く勧めます。それでもお帰りになられたいのであれば私は強要できませんのでお帰りください。急変した場合は、すぐに来てください。」

ぐらいかな。』



さて、みなさんはどのような感想を持ったでしょうか。

私のバアイ。

一言でいえば不快極まりない内容。どこが?・・全部。
でも、特に「患者が帰りたいと言えば勝手にすれば」という一文。
これって「へぇ~、(医者って)そう思ってるんだ~」という誤った印象を与えかねない。

そして「1から説明するのは不可能」とした一文。
これも「へぇ~、(説明が)不可能なんだ~」という医療に対する不信も持たせかねない。

筆者である医大生はその時の自分の思ったことを書いたんだろう。が、コレ、読めば読むほど結構コワイものがある。

病院にかかるとき、医師の説明を特に聞いてるときは専門用語が多いし説明の内容自体が初めて触れることばかりで「理解」なんてその場ではできない。はい、はい・・とその場でうなずくのが精一杯。私もかつて息子の心臓疾患の説明や手術の説明を受けた時はそうだった。でも医師はこちらが理解しようがしまいが「説明」責任がある。その都度わからないことがあればそれに対する説明もしてくれるが限られた時間の中ではできないこともある。こちらもいちいち説明の途中で質問だらけにすることもできないことはわかっている。だからたいていは説明を聞いているだけだが聞きながらたまに思った。

「先生はこちらがどれほどわかってると思われながら説明されてるんだろう」って。

もちろんそんなことは聞いたことはないが恐らく先生サイドはそこまでこちらに求めてないだろう。でもいくら説明責任があるったってあまりというか殆どこちらが理解してないと思われてるのであれば説明したくなくなるんじゃないの?なんていう邪推も実はしたことがあった。わかってないならそこまで説明しなくても・・・?と思ってたりして。とか。

そんな風に実は思ったことがあるだけにこの学生の一文はなんだか自分の思ったことの裏づけをされたかのような妙なガッテンを覚えた。

「へぇ~、やっぱり(1から説明するのは)不可能」なんだ・・・と。


そしてこの記事を読みながら不思議に思ったが、こういうことをブログに書けちゃう神経がコワイ。

誰が、どんな立場の人でもどんな環境の人でも読めてしまうブログ。たとえば同じ医学生の中にはこれを読んで共感を持つ学生ももしかしたら無きにしも非ずだろうが、患者サイドの誰かしらが読んだらということは考えなかったのか・・?


余計な考えからさらに膨らんだ考えに至ってしまってただ単にその時の感想を書いただけの彼には大変迷惑な話だろうがこの記事を読めば読むほどコワイというのはもっと奥が深い。


この彼が医師となって世に出たら???患者を診ないで病気を治そうという努力を投げて自分の身を守ることに走る、こういう考えに変化なく時間が過ぎて経験だけを積んで患者の前に座ってたら???


ちなみに他の彼の記事を読んでみるとこれから短期留学をするらしい。いろいろとこれから大変な試験が待ってるらしい。


医師になる彼には大変な勉強と努力と長い道のりがこれから先さらに待ってることだろう。そして長い道のり以外にも山もあり谷もあり崖っぷちもあり泥道もあり道なき道を自分で道を造って進んでいかないといけないこともあることだろう。

そういう道に遭遇したときに感じたこと、体得したこと、そこで誰かと会って人の気持ちに触れたとき、誰かを傷つけてしまったとき、誰かに傷つけられたとき・・・そういう自身の経験と心の鍛錬から得たものを医師という職業に就いたときには絶対忘れてほしくないと願う。
むしろ忘れてはいけないことだと思う。



「医師になりたいと思ったのはどうしてですか?」

彼の答えは何だろう。

「病気を治してあげたい」「患者さんを助けてあげたい」、そういう答えであると信じたい。それならば時間や自身を惜しまず「病気を治す」、「患者さんを助ける」ことに全力を注ぎそして患者さんと向き合って「心を救う」医師になってほしいと強く願う。

「心を救う」・・見えない力が動かないモノを動かすことがあるということ。彼にはそんな素晴らしいことに携わることができることに誇りを持って医療に身を投じてほしいと思う。


ま、斯く云う私は医師でもなく何でもないですが、心を救って頂いたことのある経験から申し上げた次第です。








2012年5月13日 (日)

実家ドキュメント

今日は急きょ実家に電車で行ってきた。

昨日の子供フェスティバルでかなりお疲れのkanaちゃん。今朝はぼーっとした顏と頭で起きてきて朝ごはんもあまりすすまず・・・、ぼーっとして支度をしていざ出発。

電車に乗ってしばらくしたら「お腹すいた~」と。じゃあ池袋についたらデパ地下のパン屋に寄って何か買おうかーと言ってたのに人の波に流されJRの改札に入ってしまった。

あらあらごめんよ、kanaちゃん!と言おうとしたら「ママ!いい~匂いぃぃ!!」と。

そしてまさかの「立ち食いソバ屋」へLet's Go!!うどん大好きなkanaちゃんにとってはパン屋よりこっち。お店のおじさんが「ネギは入れるかい?」とか「おつゆ、熱くないほうがいいか?」とか「ワカメ、サービスで入れとくよ」とか・・。なんだかお世話になりました。

あ、takちゃんもうどんを食べたけど「立ち食い」のカウンターには当然届かず小どんぶりに取り分けたうどんを自分で持って「立ち食い」。

 

そして電車とバスを乗り継いで実家へ~。走り出すtakちゃんとkanaちゃん。

母がkanaちゃんの大好物の「鯵のコブ絞め」をさっそく作る。

今は鯵が旬。脂が乗ってておいしいよねー。さすが母。いとも簡単に「三枚おろし」が完成。 この人は自称「魔女」って言ってるけどね、ほんとになんでもいとも簡単にこなしちゃうのよね。「魔女」のDNA、もらってないんだけど・・。

鯵がコブに絞められてる間、なぜか「寄席」が始まる。なんなんだ?!この姉弟は。姉がなんだか落語調で口上を述べてるぞ? どこで覚えたんだー?!

 

そしていろいろと早めの夕飯のおかずが完成。鯵のコブ締めと小鯵のマリネ、厚揚げの煮物。私は鯵は「たたき」にしてもらってネギとしょうがの山盛りで頂いた。おいひぃぃ~!!
鯵のコブ締めが大好物のkanaちゃんはなんと「5匹」分の鯵を平らげる。そして「ママ、明日作って!」のリクエスト。はい、はい・・・。

ちなみに小鯵のマリネ。超簡単。小鯵のワタをとって頭付きのまま片栗粉をまぶして油で揚げる(じっくりとこんがりするまで)。水にさらしておいた玉ねぎ、ピーマン、人参の千切りを水切りし、お酢と砂糖を混ぜたものを和える。

かなりあっさり浅漬けタイプのマリネだけど揚げたての鯵と一緒に食べるとその鯵と野菜のハーモニーは最高!もっと味を染ませたいと思ったら鯵の上に野菜を散らしてマリネ酢を浸せて1,2日冷蔵庫に置いておくのがいいけど。浅漬けもイケます。


ドタバタの実家帰りだったけど私的には気分転換になりやっぱり車より電車のほうが楽・・?かどうかはちょっと疑問だけど・・、もうちょっとゆっくり横浜散策したかった。

やっぱこの2人を連れての「散策」は不可能だから。
今度一人でのんびり出かけよ。
山下公園で「バカヤロー!」って叫んでたら
それは私かも( ̄◆ ̄;)

2012年5月12日 (土)

子どもフェスティバルとアレ

今日は年に一回の「子どもフェスティバル」!


児童館や学童やボランティアさんたち、町民みんなのお手伝いあってのお祭り。昔遊びコーナーや体力測定コーナー、正面の舞台では子供たちのダンスや古武道、空手、和太鼓のお披露目、トランポリンもあったりボーイスカウトの体験コーナー、などなど盛りだくさん。

輪投げやボール的当てゲームとかはお菓子や風船の景品がもらえる(・∀・)イイ!


 こういう展示もあって乗らせてくれたり~。

kanaちゃんは児童館の「一輪車クラブ」に入っててそのお披露目。去年の10月にクラブ活動が開始されて半年後のこのフェスティバルに向けて毎週練習をしていたのだ。

久しぶりに見るkanaちゃんの一輪車の上達ぶりはびっくりした。自分の足の一部のようにペダルをこいで自由自在。果てはポンポンとジャンプして縄跳びしてるし!




こんなふうに手作り衣装を着てメイクも施してちょっとオトナ??
あー、ちなみに短パンをはいてますからご安心を。


AKB48とかKARAとかの曲にあわせて踊り、見せ場の「大車輪」は全員が手をつないでぐるぐると大きく回転!その大事なポジションの「センター」にはkanaちゃんが選ばれた。くるくると一輪車を走らせる外側のほうが目立ってセンターはアイドリング(その場でペダルを前後させてとどまる)しながらただその場にいて地味だけど・・・・センターはそのアイドリングが上手じゃないとだめだそうだ。確かに両方向の遠心力に耐えつつバランスとってアイドリングするのは大変。

  

あとはkanaちゃんの体格かな・・(^-^; やっぱり大きい子じゃないとねえ。どっしりしてないとdash kanaちゃんは中心に大きい子2人いるがその左側。

ちなみにkanaちゃんはどんだけどうなのかというと、こんな比較を・・・・。

 3人とも同学年です・・・Σ(;・∀・) 向こうにいる青いのは5歳だけどね。


終わってから屋台へ。

 やっぱりチョコバナナだよねー。

今日はものすごい強風が吹き荒れてたけどこのあと風にあおられ、なぜか残りのチョコバナナを落としたtakちゃん・・・。そういうときは「オゥ!マイガッ!!!!!!」と言いましょう。


から揚げも登場~!コレがあってアレがない。アレ・・・。
だって・・、今日のイベントは「子どもフェスティバル」だから。
「子ども」だから、イベントの主旨はさ・・・。そこんとこ、わかった?アレが無いからと言ってぐずらないの!がまんしなさいっ!!!

はーい(-ε-) わかりましたー。 家に帰ってからにしますー。

と、一緒に行動したママさんたちとたしなめ合って慰め合う。


今日の強風は半端じゃなかった・・。天気がいいのは良かったがグラウンドでの強風はもう最悪・・・。早く家に帰りたーい!と親は思っても遊びたい子供は風なんて関係なし。午前中だけの開催とはいえなんとも疲れた。

しかも夕べは二日酔いをして気づいたら1時半sweat02お風呂にも入らないでソファで寝てた。あれ?あの2人は?!・・なんかお風呂に先に入ってなさい、あとから行くから。出たら寝てなさいよ、明日は子供フェスティバルで朝ゆっくり寝てられないよ・・・っていうよーなこと、言ったなあ。うん。言った。

いい子たちだ。ベッドに行ったら二人仲良くぐっすり寝てるじゃないか。

そんな寝たのかどうかもよくわからない朝を迎え9時にはフェスティバルの会場へ。朝から吹き荒れる強風と突き抜ける青い空の五月晴れが目に染みる・・・・。


そんな半日でも午後はてきとーに家でゆっくりできたからチャージ!

アレでも飲んで今日の疲れをとろうかねー(* ̄ー ̄*)



2012年5月11日 (金)

「先天性」という事とは。

手話講習4回目。
今回はいつもの講習は午後で講義が午前にあった。

講義は「聴覚障害者の生活」という内容で中途失聴者と先天性聴覚障害者のお二人のお話を聞いた。

中途失聴者の方はお子さんを出産後に耳の具合が悪くなって精密検査を受けた結果、徐々に今後聴力を失う病気という宣告をされたという。
その病気を知ったときの気持ち、その後の努力、前向きな考え方、周囲との交流などのお話。そして先天性聴覚障害者の方のお話はろう学校のこと、就職先のことや日常のことなど。

おもしろいことにこのお二人のお話を 聞き終わって両者明らかに違う印象を受けた。

どういう違う印象か。つまり「耳が聞こえない」ということに「不自由」を感じるか感じないか。

中途失聴者の方のお話では手話の勉強、子供の学校の父母会やご近所づきあいなどなど耳が聞こえていたときと「比べる」とはるかにその自由は奪われ今まで聞いていた音楽も聞こえず子供の声も聞こえず・・といった環境の変化でそれによる「不自由」を感じたというお話だった。


先天性聴覚障害者のかたの話は今までのご自分の履歴について。中途の方と比べるとそのご自分の履歴についての話はずいぶんとあっさりしていた。何か・・違うな・・って思った。でもその時は全く気付かなかったが次に彼女に質問をしたことでその謎が解けた。

今まで不自由だったことは何か?
苦労されたことは何か?
大変だったこと、健聴者との交流で困ったことは何か?
耳が聞こえないということで生活していく上でご自分が受けた負担や嫌な思いは何かあったか?


以上は私たちが必然と感じること。この質問で耳の不自由な方の立場に少しでも近づけることができるならという気持ちも込めて聞いてみた。

が。

彼女はその質問の手話通訳のあと、すっごく不思議そうな顔をして全く反応が無い。というか、返答に困ってる様子。


私たちは今こそ当事者のお話を聞き、この機会に普段聞きにくい質問をあえてぶつけてみて手話を習う上での「心」なるもの勉強できればという意欲を持って質問したつもりだったが・・・・・。


はて、何をどうやって答えようか・・というその様子。しばらくの「沈黙」のあと、その方と手話通訳者の方のやりとりがあってその話を合わせてみるとどうも「耳が聞こえないから不自由」という意識は彼女には毛頭無いということだった。


つまり、「聞こえる」ことを全く経験なくて知らないわけだら聞こえる世界と聞こえない世界の「比較」のしようがない、ということ。


なるほど! 「不自由」と感じるのは「自由」と感じたことがあってそれが自由じゃなくなったときに「不自由」と感じるわけで最初からそればなければ特段「不自由」だの「自由」だのという概念は生まれようもないわけだ。


いやー、まさに目から鱗!!全く相対するお二人の話にびっくりした。先天性のかたは「聞こえない」ことが当たり前だから特に何を話すわけでもなく今までのご自分の人生の話を流れるようにしただけだった、ということだ。でも片や中途の方は昔は聞こえていた、でもあるときから聞こえなくなった、という環境。


その違いだった。


そういえば「五体不満足」の乙武さんも同じようなことを言ってた記憶がある。「最初からこういう環境であれば何が不自由とするかはわからない」って感じのことを。

ということは。


takちゃんの「先天性心疾患」も同じようにあてはめて考えられる。正常の「心臓」を持ってないわけだから何が普通で何が違うのか、当人にはその比較のしようがないっていうことだ。だから簡単な話、「今まで水泳ができていたのにできなくなった」とか「体育の授業が休むようになった」とか、そういう「以前」と比べる対象が始めから無いわけ。だからこっちとしてはいろいろと何かと何かを「比較」しがちだがそれは間違いであってtakちゃんにはtakちゃんの方法なるものがあるのか、と、思った。


これは私一人の個人的見解であってその価値観を押し付けるつもりは全くないことを了解してもらいたいが「心疾患」で生まれたことは一つの個性だ、ということをよく聞くが私個人はその言葉はどうもしっくりこない。



いろいろな性格があるとの同じように形の違う心臓を「個性」といえば「個性」かもしれないが私的にはどうもガッテンといかないだけの話。ま、多くを言えば反論も多かろう。その先はあえてこの場では言わないが病気を「個性」ととらえるのはどうなのか、と思うだけ。


ちなみにそれはさあ!って思うかたは是非コメントいただけるとありがたいです。いろいろな意見を聞いてみたいなと思います。


それはともかく、今回は「先天性」なるものはどういうことか、という勉強ができた。


ちなみに中途失聴者のかたのご苦労あるお話はみんな涙して聞いたほど。子供に対する思い、周囲の目、理解・・・。それはやっぱり胸にじーんとくるものがあった。おそらくそれはみんな「これから先自分に聴力が失われたら」という仮定をして話を聞いていたからだと思う。



そして質疑応答のコーナーで「実は自分も子供を出産したあとに自分の聴力が失われる病気がわかって今それで手話を勉強して5歳になる子供にも家に帰ってから手話を教えているんです」という若いママさんの受講生がいた。彼女はいつも講習のときにとても積極的に先生に質問したりしていた。そうかー、そういう事情があったのか、と納得。そしてもう一人の受講生は「自分の母が難聴で要介護の状態。耳が聞こえない母となんとかコミュニケーションが取りたいから手話を勉強して母にも教えたいんです」という方も。


いろいろな事情があるにしてもこういう場で勉強できるというのは素晴らしと思う。


その日は私は午後に仕事があったためその講習のあとの授業は欠席することになった。届けは出してあるからそのまま帰ってもよかったがせっかくだから「今日の午後は仕事のために欠席します」という手話を先生にしてみたくてちょっとトライしてみた。


 「仕事」はこの状態で両手を揺らす~・・・脚太っ!!

「欠席」は、先を丸くした右手2本指を左手に2本指にかぶせてたのを外すように上に。逆に下に向けて右手2本指に咬ませると「出席」となる。椅子に座る、イメージかねー、これは。

ぎこちなさはまだまだあるけど先生には理解してもらって「わかりました。仕事、がんばってね!」という手話を頂いて会場を後にした。


なんか、うれしかったなー(*≧m≦*) 
「伝える」ことができてコミュニケーションが取れたことがすごくうれしかった。



ちなみに、「手話」の文法は日本語の文法と違うらしい。ただふつうに私たちが喋ってることを手話にするとすごく長くてそれを理解してじっと手話を見るだけでも疲れるらしく、そのためにかなり単語や語彙の集約された「手話言語」がどうやらあるらしい・・・・。確かに今まで習った簡単なワードでもそういうものはいくつかあった。



講習の初日に説明があったが「手話」は第二外国語と思ったほうがいいという話。それはそうかも。明らかに「日本語」とは違う。その「外国語」と感じたのは「手話同時通訳」を目の当たりにしたときに感じた。タイムラグもあるし語彙のつなげ方も独特だからだ。その何が独特かというのは今後勉強していくんだろうけど。


そして「国際手話」ってのもあるらしく・・・。先生はそういう活動にも多く関わってるようでなんだかこちらも興味が出始めた私。


何か、世界が広がっていくような気がする。

2012年5月10日 (木)

ニラ玉。 どんなニラ玉?こんなニラ玉。

「ニラ玉」



といえばきっとふんわり炒めた玉子にニラが混ざってるのを言うのだろう。 そう?


でも。

私が子供のころから母に作ってもらっていた「ニラ玉」はこちら。


チヂミ?????っていう感じですが。


作り方はいたって簡単。撹拌した卵に細かく切ったニラ(半束)を混ぜてフライパンに流し込む。φ18センチのフライパンがいいかもねー

 ちょっと心配になるくらいのニラの量だけどね

そして焼き目がついたらひっくり返してもう片面こんがり焼く。
仕上げに両面に醤油をかけてそれぞれ片面づつジュ~っと焼く。

これで。 出来上がり。

ニラに火が通ってなさそうだけどこんだけ片面づつ焼いてたら充分でむしろ醤油をかけた後は気を付けないと焦げてしまうので手早く!!


醤油だけの味付けだけどこれが卵とよく合うから結構イケる。しかも「ニラ」から想像する「ニラ臭さ」は全くない。
文字を大きくしたけどこのニラの量が大事!お店で売ってる束、だいたい一握りくらいあると思うがその半分を使って良し!むしろニラが少ないとおいしくない。


相当な量だと思うでしょう。そう、がんがん入れちゃってください!!

撹拌した卵の中に半束の量の細かく切ったニラを入れるとちょっと入れすぎなんじゃないの、これ???と思うだろうが上記写真のような具合で驚くことなかれ。
これがこれがこれでいいのだ。

私の「ニラ玉」はこれ。お弁当にも入れてもあまりニラ臭くない。kanaちゃんの幼稚園のお弁当にもよく入れたっけ。黄色と緑で色どりもいいしね。
今も朝の栄養はこれでまかなっちゃったりする。

最近これにベーコンの細切れ入れてもいいんじゃない?なんて思ったり。

まぁこういう事情だったためオトナになって、しかも主婦をしてしばらくして初めて本物の「ニラ玉」を知って驚いた。
驚くのはこっちよ!と、本物のニラ玉に言われそうだけど外食で注文したことなかったしふわふわ卵で作ったこともなかったからずーっと「ニラ玉」ってこういうもんだと思ってた。

まだ食べたことがない本物のニラ玉はだいたい味の想像はつくけどやっぱりこの「醤油」と「卵」のコンビネーションに「ちょっと香ばしい」香りが上乗せされたらねぇ・・・(* ̄ー ̄*)

日本人ならグっときちゃうと思うけどshine






2012年5月 9日 (水)

久しぶりの外来で悟ったこと

昨日は久しぶりの外来だった。といっても歯科外来。

 ボク、「かにパン」食べてます

おととい、「明日は病院だから幼稚園お休みだからね」と言って布石を置いておいた、にもかかわらず朝起きてからの第一声は「ママ、病院行くの?スリッパあるところ?ないところ?」と起きたときからしつこく聞かれる(-゛-メ)

そう、「スリッパ」の有無でtakちゃんは病院の診察危険度を判断する。つまり「スリッパがある」病院はいつも行くかかりつけの病院。ここではインフルの季節には「ちっくん」するもののたいていいつもは胸をモシモシしたり喉を診たり・・・と「優しい」病院。

でもスリッパがない病院といえば「ちっくん」は常習。そして苦手な看護師Yさんが2階の病棟にいるところ、とインプットされてる。


だから「病院行く」と言うと必ず「スリッパあるの?ないの?」と確認されるのだ。
おあいにく様(-ε-) 昨日の病院は「スリッパが無い」病院。


と、さんざんいろいろと言ってた割にはすんなり診察台に上がってものの15分くらいであっさり終了。へぇ~、幼稚園生ともなると違うねえ。

そして診察終了後はおあいにく様、2階の病棟に行ってきた。知ってる看護師さんいないかなぁ~、とガラス越しに見てるといつもtakちゃんとハイタッチする看護師さんがこっちを見つけてくれて出てきてくれた。そして「天敵」のYさんが来るとさんざん大笑いしてたのがいきなり無口になって私の後ろに隠れるtakちゃん。

「もう、そのS度がたまんないんですよー!!!」とニコニコしてるYさん。相変わらずの超ドMっぷりdash


そしてこの春からtakちゃんが生まれたときにお世話になった外科医のS先生がまたこちらの病院に異動になったと聞いて昨日は会えるかなと思ったらたまたま緊急のオペでいないとか。それは残念。


といってもそのS先生にお世話になったのはたった6か月足らずだったから多分takちゃんの名前を言っても覚えてないだろう。アノ、生後30日で手術した術後に心臓マッサージした大騒ぎしたアノ時にもS先生は夜勤でその場に居たとはいえもう5年前のこと。
覚えてるかな???たくさん患者さんと会ってるだろうからもう忘れてるんだろうな。でも当時の話をちょっとすれば思い出してくれるかな???なんて淡い期待があったりして。


もうカテで入院することも当分なくなったから次に入院したときに会える~、というわけにはいかないから今度の外来のときにまた病棟行ってみようか。異動してから2、3年は在籍するとしてもちょっと来月押しかけてみよ~( ̄▽ ̄)


S先生は38歳くらいの若い先生。漫才のオリラジのあっちゃんに似てるんじゃないかと当時は思ったけど今はどんな風貌なのか、そしてもしtakちゃんを思い出してくれたらそのときの反応もちょっと楽しみ。


久しぶりに病院に行ってみてこの春の異動の話を聞いたり2、3年後を予定してる病院移転の話を聞いたり・・・。


移り変わってるんだな・・と実感した。takちゃんの当時を知る看護師さんも数少なくなってきている。毎度お世話になった外科医の先生で今も在籍してらっしゃるN先生以外は2、3年交代。


いつも異動で顔なじみの看護師さんが去ってしまう話を聞くたびに寂しいな・・・と、思う。


takちゃんが生まれてすぐにお世話になった病院で新生児の時期はへたしたら自分の家にいる時間よりはるかに多く過ごしたのかもしれない病棟でもあるその病院。いつも外来に来るたびに懐かしさと同時に自分の家みたいな、思わなくてもいいそういう感覚。病棟に入院するたびになぜか必ず「懐かしさ」を感じていた。


あんなに辛くてどんよりしてうれしいことよりも悲しいことのほうが多かった病棟になぜこんなに愛着を感じるんだろう。

でもそういう「愛着」は顔なじみの看護師さんの異動でいつもハッとさせられる。異動して会えなくなるのはさみしい。たくさんお世話になってるだけに特に異動後にそのことを知ると余計ショックが大きい。


が、それってある意味「前進」してるってことなのかも、って思ったりして。いつまでもそこにとどまってはいけない、っていうことなのかな。寂しいけどその寂しさがなければ逆に前に進めないのかもって。


寂しさは決して負の要素じゃなくてPlus。そしてそれを踏み台にしてJumpするものなんじゃないのかな~。

最近そう思うようになった。












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