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~うちの子、こういう感じです~

H19年1月10日に先天性心疾患を持って産まれてきたtakちゃん。
当時の病名たちは

 両大血管右室起始
 総肺静脈還流異常
 無脾症候群
 心房中隔欠損
 心室中隔欠損
 肺動脈閉鎖

そして生後30日目に
 肺静脈還流路作成(肺静脈を本来の左心房につなぐ)、
 動脈管閉鎖、
 体肺動脈シャントの作成手術

その後生後4か月目で退院し自宅療養。時々カテをしながら次のグレンを目標とするも肺動脈圧が異常に高く(グレン、フォンタンを目標とするなら10以下でなければならないのにその時は37とか下がっても23とか)、グレンは出来ないと言われる。
藁をもつかむように無脾で有名な静岡のこども病院にセカンドオピニオンを受けてみる。しかしあまり明るい未来が待っているとは思えない評価をされる。

が、本当の本当にラッキーなことに肺静動圧が徐々に落ち着いてきてグレン可能域までになり、ついにH20年12月にグレン到達。

しかしその後側副血行路に悩まされ3,4か月置きにコイル塞栓のカテをすることに。塞栓しては増える側副だったがやっとH23年4月にフォンタンにたどりつく。

フォンタン後の経過は今のところ良好。大きな問題はなく術後カテの評価も良好。ただ、フォンンタン循環の影響によると思われる肝臓への負担があり常にγGTPは120前後をうろうろ。

日常生活では普通に元気に学校で過ごすも体力や体調を崩したあとのリカバリーに健常よりも時間がかかっていると感じる。疲労も蓄積しやすく特に運動会に向けての練習や夏場の外での活動後などにおける体調管理が難しい(本人は全くわかっていないが)。

小学校の体育は学校に新年度になると管理表を提出しているが特に問題は今のところは無い。ちょっと無理そうだとか疲れたと感じたら自分から休憩をとるように教え先生にも了解を得ている。

そんな経過をたどり、H30年現在小学校6年生。身長137㎝、体重32㎏。

そして現在の病名は「両大血管右室起始症」。障がい者手帳は取得していない。

ちなみに出生時、「無脾症候群」という診断をされたがフォンタン前の検査で実は脾臓があった、ということが判明(という事実を昨年知る(×_×))。でも脾臓が無い状態と同じ心臓奇形や血行動態で単心室には変わりなし。

 ブログを始めたきっかけは当時ネットで「病気(心疾患)」のことを検索すると多くの情報が得られるも意外と病児の日常のこと(熱出した、怪我した、学校の連絡はどうする、体育はどうする、遠足はどうするなどなどなどなど・・・・)や成長に関する情報があまりなく、かといってどういうところに尋ねたらいいかわからずとても困った事が多々あった。
もしかしたら同じように情報を求めている同じ立場の人がいるかもしれない?!と思いたち、自分が発信しちゃおう!とヽ(´▽`)/


 手術のこと、入院のこと、成長具合、闘病生活、幼稚園や学校生活のこと、日常生活でよくある怪我や体調のこと、普段の心配なこと、気になること、くだらないこと、母親としての考えや気持ち、思うところ・・・から始まり、病気とは全く無縁なパワフルな長女kanaちゃんのことなどを綴っています。

 と、トップページを作成中。

カテゴリーは只今編集中でございます。
特に『takちゃんの心臓』シリーズはまだまだ整理中。
とりあえず少しづつどこかが毎日変わっていきます~(;;;´Д`)

編集完了したら再度お知らせしますm(_ _)m


 

2018年7月25日 (水)

「居場所」による変化

居場所を見つけられてよかったー、と思ったらもう夏休み。学校と同じく20日に終業式があり、みんなと同じく夏休みになったわけだがここの教室は23日~25日まで通常通り開室しているとのことで用事が無い24日だけ出席してきた。そして始業式も通常通り9月1日だけど「準備登校」的に8月27日(月)~31日(金)が開室するとのこと。
いやいや、これはありがたい・・・(*゚▽゚)ノ takちゃんも喜んでおります。・・とはいえ、ということは、午前中はこちらの縛りが前倒しになる・・ってことね(;・∀・)

今が正念場・・・。ここでベースを作らないと来年が大変なことになるわけで・・・(;´д`)

でもたったの、と言っていいこの通室してからの2週間弱でだいぶ気持ちが明るくなってきた感じの印象を受ける。以前だったらちょっとの悪いきっかけがあると真っ逆さまに落ちていって物騒なことを言っていたことを考えると今はどちらかというとスルー気味。毎週通っているプレイセラピーでも「自分からどんどん主体的に遊ぶようになりました」ということを教えてもらったがそれがちょうど通室してからの時期と重なる。
プレイセラピーの様子を見ることが出来ないからセラピストからの伝え聞きになるが以前は「楽しく遊んではいるものの触れてはいけない部分を隠そうとしているところがあります」と言われた。遊んでいるのはtakちゃんから聞くと「人生ゲーム」とからしいがそれを通してどんなところを見てそう診るのかよくわからないけどその話と最近の「どんどん主体的に遊ぶように・・」という話を考えると時期的にやっぱり繋がっているしセラピストの見立ても合っている。
へー、なるほどね。と、なんか心理学に興味が・・(゚ー゚)

そんな感じで様子が変わってきたのが第三者でもわかるし身近にいる自分でもわかってきたのはすごいなと。

ここで気持ちが安定しかけたときに「みんなと同じに休める夏休み」が到来したのはいいタイミングかもしれない。普段も結局通室したものの学校に行ってない自分が夕方児童館でみんなと会うのはなんか嫌だと言っててあまり平日に児童館に行くことはない。”みんなと同じ休み”の土曜日には行く。
でも夏休みはみんなが平等に休み。そこで友達との関わりがまた持てれば・・・と淡く期待してしまうが・・・。


あとは学習よね・・・・。
1学期分の遅れをなんとかしたいところ。でも本人のモチベーションはまだまだそこまで到達していない感じがある。「遅れを取り戻したいから夏休みがんばる!」と小学6年の男子が言うかどうかは大きな疑問(-_-;)
だからプリント類を見せながら様子を見つつ静かに背中を押しつつ・・・取り組ませたいと考えているがこの連日37度の暑さでこちらも気持ちがそうならない最近ですが。

今日は台風の影響か朝から曇っていて涼しいな・・と思ったけどふつうに朝は25度あるから一般的には「涼しく」ないんだろうねΣ(;・∀・)

2018年7月19日 (木)

「居場所」を見つけたっぽい

悪態ついてわずか10分程で帰ることになった適応教室見学だったがおもしろいことにやっぱりどこか「気になって」いるらしかった。

というのも翌日金曜から日曜の3日間、教室の話などしていないときに突然「ほんとに入口で挨拶だけで出席になるの?」とか「教室の中に入らないのになんでいいの?」とか小出しに聞いてくる。突然聞かれるのでそのたびにびっくりしたがどうも気にしてるらしいことがわかったから「そう。その先生が出席をどうするか決めるように学校から任されているんだって」と説明。まあ実際「私に一任されてるのでtakちゃんの様子を見ながら対応していきますから」と言われたわけだし嘘っぽい話だけど嘘じゃない。
ほんとに???と疑っていたからじゃあ月曜に実際行ってみたらどう?と水を向けてみた。
おまけに「・・・自己紹介とかするのかなあ・・」なんて言い出し、なんだ・・行く気じゃん 
(・∀・)ニヤニヤ


現在ほぼ毎日通室している生徒は小学生が2人、中学生2人だという。登録は10人前後いるらしいがそんなに大人数揃うのは「調理実習」がある日くらいです、と先生。Σ(;・∀・)
だからいつもは数人しかいないらしいけどわざわざ自己紹介なんざしないから大丈夫だよと (´Д`;
まさかそんなところを気にしてるとは想定外だったけど。

途切れ途切れにそうやって何か気にしてる風に聞いてきた週末。とはいえあの悪態の様子からしてどうかな・・と思ったけどとりあえず月曜の朝、聞いてみた。

「今日の予定はどうするー?」と。 

そしたら「行くんでしょ?」と。

「え?あー、そうね。じゃあ9時半ごろ家を出ようか」と言ったら自分で支度を始めた。
ちょっとびっくり。

で、いざ向こうに着いてドアを開けたらスタッフしかいなくて、どうやらその日は1階の体育館でバドミントンをみんなでやってるらしく早速takちゃんも1階にある体育館へ。
もう体を動かすのだ大好きだからあの悪態はどこへやら。超ご機嫌でコートに(;´▽`A``

・・・単純だわ。

それが月曜。そして翌日火曜は調理実習でカレー作り。で、水曜、木曜は教室内の自習日で金曜がまたまたバドミントン。
しかも午前中だけ。
「学校感」全くゼロ!ある意味やる気出ちゃうよね、これ。

が、実際のところこちらがやっぱり予想通り大変で・・・。10時に預けて12時過ぎに迎えに行く・・っていう2時間ってほんとにちょっとした用事程度しか済ませられない。
10時開室だけどみんな9時半ごろから来てるみたいだからと最近は9時半に「早く行こーよー」と催促されるくらい行きたがってていいことなんだけどせめて9時半に送れば多少違うかな、という感じだけどねえ。
とはいえ贅沢は言えまい、ほんとに・・・。

「居場所」が見つかった、という感じなのか最近は生き生きしているのがわかる。数か月前、ちょっとしたことで不安感に覆われて物騒な言動をしていたが最近はそれが無い。枯れ切った心が少し潤ってきたのかな・・・。

まずは1学期中にここに繋げたいのが目標だったからなんとか一区切りの中の一区切りがついた・・・って感じの最近。

「早く行こうよー」と言うのが聞こえてくるとはねえ・・(*^-^)

2018年7月18日 (水)

久し振りの悪態

7月初旬に「適応指導教室」の見学に連れていった。当初は「行ってみたい」と好感触だったのがその当日の朝、「やっぱ行かない」と言い出し・・・・。
それよ、恐れていたのは・・と想定内だったとはいえこの状態からのリカバリーってすごい大変なのよね・・とかつてを思い出した。

登校渋りだったとき、前日の夜に翌日の時間割とか持ち物を普通に揃え、明日は家庭科で〇〇するんだーとかいう話題も出てこれなら明日大丈夫?と思っていたらーーーーー。

結局翌朝「やっぱ行かない」となることほぼ毎日だった”かつて”(ノ_-。)

またですか・・・という今回で、でもここにはどうしても繋げておきたかったからとりあえず車に乗せ駐車場まで行った。が、車から降りない。はあ~。結構この時点で気持ちがこちらも疲れている。でも粘る。「入口でいいから行ってみたら?」「どんなところか見てみようよ」「学校じゃないから大丈夫だよ」・・・などなど誘い文句を言ってもだめでこういう場合はどうであれ「行かない」以外に本人は考えないから無駄の説得が続く。
でも粘る。
だって行きたくないと言って機嫌悪くても「車に乗った」わけだから。車に乗ったら靴を脱いでシートに寝そべってたけどドアを開けて説得してるときに機嫌悪くても「靴を履いた」わけだから。

もうほんとに僅かの僅かの・・・可能性が見られるならそこを引っ張るしかない。

そんな車でのやり取りすること15分くらいか。やっと車から出て建物に向かった。まあここまでくればだいたいはいいだろう。
「教室ってどこなのっ?(# ̄З ̄)」と怒っているものの聞いてくる(笑)
「4階だからエレベーターで行くよ」と言うと「4階  適応指導教室」と書いてある案内板に「は?何、指導、って。」「なんでオレが指導されなきゃなんないの?」「そーだねー。指導って響きが良くないよね(^-^;」「教室ってあるけど結局学校じゃん」「学校と関係しているところだからそういう名前なんだよ(^-^;」
・・・・いちいち絡んでくるから相手するのも大変・・・。エレベーターに乗ってから4階までが長かった・・・(;・∀・)


入口をノックして中に入ろうとしたら「オレ入らないから」と。
出てきたスタッフにも「なんでここに来なきゃ行けないわけよ?」と悪態つきまくる。まあ相手も慣れたもんで「それならここでいいよ」と。「今日来れただけでもがんばったね」と。
自分も相談室にいたときはそういう生徒が多かった。ほんと、こういう子は(ここに)来るだけでもがんばっている。そこは誉めたい。
嫌だと言ってたけど車に乗り、4階まで来た、ということは「行きたい、行ってみたい」という気持ちが少なくてもある、ということ。ただただ嫌だけど来た、というのとは違う。
そう、わかってはいるんだけどーーーーー、いわゆる親の欲目というか。やっぱり一つ出来ると次も・・と思ってしまうわけで・・・(-_-;)
意識して「今を認めてあげよーねー」と自分に言い聞かせていくしかない。


結局教室の中に入ることなくその日は帰った。スタッフに「次回、またこういう感じでしたらここ(入口)まで来れて挨拶出来たら出席としますから」「それでも無理だったらお母さんが駐車場に着いたら電話してもらってそしたら私が車まで行くのでそこで挨拶したら出席としますから大丈夫です」と。


「まずは家から外に出ることが大事です」と。

いやいや・・・、ほんと。そーなりますよね。

それが7月5日だった。木曜日・・・。翌日金曜日はやっぱり行かなかった。こっちもちょっと気持ちがだいぶ疲れて話題にも出したくなかったしtakちゃんも「今日は行くの?」とかも言ってこなかったから放っておいた。
疲れたぜよ・・・・。

もしここの教室に繋がらなかったらどうするかな・・・とちょっと先が見えない状態。
久々の「お先真っ暗」・・・(ノ_≦。)

ちなみに夫にここに通うことになるかもと話をしたらあっさり「あー、そう」で終わった。難攻不落でいろんな想定をしていたからある意味拍子抜けした。
まあでもとりあえずそこはクリアしてるなら・・・。あとは本人の問題だけで・・・・。
こっちのほうが難攻不落になってきたのかも。

と。

2018年6月30日 (土)

今の生活”脱出計画“

月曜日に担任と面談をしてきた。


いつまでも今の生活状態でいいわけではなく、こちらもなんとか次のステップに移りたいと思っていたのでそんな話を・・・・。

次のステップ、というのはtakちゃんの現状からして「教室復帰」をするのはかなり難しいだろう、という先生と自分の考えが以前からあって教室復帰はせずに違うところで学校と関わる機関に繋がれば・・・というところ。
それはおそらく最近はどこの市町村の教育委員会にもあるだろうと思われるが「適応指導教室」という名前だったり「適応教室」だったり・・まあそんな感じのネーミングがついている、学校と連携している機関。
そこに届けを出して通室すれば学校と連携しているため「出席」の扱いになるというありがたいシステム。しかも開始が10時~。11時まで学習(指導教員が付き添い)、12時までレクレーション(調理実習、スポーツ、ゲームなど)、お昼は持参で13時から16時までは面談だったり指導だったり・・・という感じの日課。
町内のそういう生徒が集まっているため異年齢が一緒に活動するからさしずめ小学生版の保育園?みたいな。
しかも中学生もいるため結構にぎやかに活動しているという。

本来の目的は教室に入れなくなった生徒がそこでいわゆる「リハビリ」をして教室に戻れるようにするというもの。学校に行けなくなったからといって家に引きこもるよりはこういうところにおいでよ、という「外出」もさせ、緩く活動もさせ無理なく過ごしましょう、という日課になっている。

takちゃんにその話を以前したときはそんなに興味を示すことはなかった。あー、まあ・・・行ってもいいけどー、っていう感じで別に行かなくてもいいけどー、っていう含みがあった。
でも今回はこの教室のチラシを見せながら日課の話をしていたら結構ノリノリで「行きたい」と。多分・・・そういう気になった理由としては

・・・・・その教室の場所が町の大きな体育館の4階にある会議室とかのあるフロア。レクレーションタイムのときは階下の体育館で(好きな)バスケ、卓球とかが出来るという環境(^-^;
そして調理実習があるということ。実際どの程度の調理実習か知らないけど料理が好きなtakちゃんはこれに食いついた(;´Д`

しかも。最大の魅力としては「10時開始」ヽ(´▽`)/
自分としてはこれ以上にない魅力・・っていうか。だって朝がどうしてもゆっくりなtakちゃんが焦って起きたりしなくていいわけでしょう。やれ登校班に間に合わないから、やれ1時間目遅刻しようか、とかそういうのが無い朝の時間で堂々とゆっくり寝てなさい、と出来るのであれば!!!!

もう、早く通室して。・・・って感じ。

ただ、勉強はだいぶハンデがつくのは確か。1時間程度しか学習の時間がないわけだからどうしたって差は出てくる。そこを何とか考えるにしても、とにかく時間の流れがtakちゃんに合ってるこの教室がいいのでは?と先生も提案してくれた。
確かに・・どこにも行かないよりはいい。出席扱いにもなるわけだしねえ。

でも最大のネックは父親がこれを理解してくれるかどうか。強制でも登校させるという考えの人がこの緩さを受け入れられるか・・・。といっても受け入れてくれないと困るというか、アナタの人生の問題ではなくて我が子の人生の問題として考えてもらわないと。

・・・・・・難攻不落を近く攻めに参りまする。

そしてそして面談ではあの女子のお話が出ました。 
親としては言ったかどうかはともかくそう「言われた」としているtakちゃんと彼女と(先生と)で話し合いの場を作ってほしかった。嘘を問い詰めるのではなく、そう「言われた」と思っている人がいるのであれば実際言ってないとしたら誤解のある言い方だったわけだし、それはそれで謝るなり何なりすべきじゃないのかと。
しかも「死」という言葉を使った(かどうかはわからないかもしれないが)のであればちょっとそこは簡単な話じゃないはず。
・・・・だけど。もうほんと、面倒だった・・・(ノ_-。)
問題がこれだけならもっと自分もがんばったけど、もう・・・これに使うエネルギーはほんと無いし。

まあ・・、世の中「因果応報」ですから。
今あえてこちらがどうこうしなくても・・・Σ(;・∀・)・・・・・怖っ!!


そんなこんなでちょっと先が明るくなるかなー、という感じだけどこちらが考えているシナリオ通り行かない?行く?
はい、気が付けばもう7月になりますよ(u_u。)

2018年6月24日 (日)

改めて思う「無理をさせない」ってこと

ちょっとtakちゃんの言動で心配なことが以前からあるがこれは情緒面で何かしらあるのかなあと最近よく思う。
もともと本人が持っているであろうその特性がそれまでは活動をしていなかったり触発されることがない環境だったところ、身体的な成長とともに「心」も成長していき、だんだん周囲の環境とその心にズレが出てきてそこに健常とほとんど変わらない生活を送ってきただけに周囲と歩調を合わせさせられ、またはそれ以上を求められようとしたのが限界に来て爆発をしてしまった・・・・・、というのが去年から見てて感じ取れた。
ちょっと父親が「takちゃん」を受け入れられていなかった、未だ受け入れられていないためにというハナシも絡んでくるのは事実。

どのみち複雑に絡んでいるモンダイが多いからこれが正解かどうかはわからないけど、でも明らかなのは「心」の面で無理をさせていたんじゃないかと。

よく心と体は繋がっていると。ほんとにその両輪がうまくバランスをとらないとダメなんだなと思った。


大ざっばな話だけど、そもそも朝起きるのがしんどそう、だとか、頭痛がする、というのがサインと言えばサイン。ただ、これって「サボりたい」、「やりたくない」というサインかどうかの見分けが本当に難しいのが難点・・・(-ε-)

でも親が普段の子供の様子を見ていればその見分けはだいたいはわかると思うがー、何せ子供はズルいからねえ。こういうところによくアタマが働くから油断は出来ない・・(-゛-メ)

takちゃんの場合もやっぱり朝がしんどそうで段階をつけて起こしていったら少し体が楽に起きれるようになったことがあった。今は昔の話になってしまったがそういう起き方だと身体に無理がなかったという感じだった。
医師にこの話をするとやっぱり循環が通常よりもゆっくりで脚や頭という心臓から遠いところまで血液が流れていくのには時間もかかると言う。だから頭痛もまんざら?嘘ではなく、「ホントに」痛いらしい。
takちゃんの普段のサチュレーションは95とかたまに96とか。
その値と単心室という一つのポンプで肺循環も体循環もこなしていることを考えれば・・・・・・

もっと楽に生活していいよ(* ̄ー ̄*)


って今さらながら思う。


「酸素が100で2つのポンプ」を相手にどうやったって勝てるわけがない。勝ちようがないし勝つ以前に同じにさえなるはずがない。
さかのぼれば、生まれたときにすでに酸素が(takちゃんは)85だった。85でお腹の中にいて、それでも元気におぎゃーと声をあげて生まれてきた。そのときはまさか心臓病だとは「まさか」すら思ってなかったけど。
お腹の中で85の生活をしていたということはそこからスタートラインがみんなと違っていたわけでその差は縮めることは出来ないし忘れかけていたけどそれがtakちゃんの身体なんだと。

生後5年間近くは存命出来るとか出来ないとか、グレンやフォンタンが出来るとか出来ないとか・・・いろいろありすぎたけどフォンタンが終わってその後の小学校生活では心臓や生活面での大きな問題は全くといっていいほど無かったし起こらなかった。・・・昨年までは。

そういう身体に”標準”を合わせるのはどこか無理があったわけで。
そこを考えれば支援級のほうがよかったのかなと思ったり。でも入学当初はこの問題が起こってなかったから今となっては、だけど。

そういう感じで・・・・、その無理を大きく被ってしまった現状の「心」はだいぶ病んできていると見えるので近々医療に繋げる予定。
・・(病院に)連れだすのがなかなか難しい状態だからうまくいくといいけど。
「難しい・・・」というのは、今は自分が病んでいていい、むしろ病みたい、別に改善する必要はない、むしろ悪くなってほしいと思っているから「治療」するために病院に行くというのを拒否るわけ。
「オレ、行く必要ないし(`Д´)」
「ぜってー行かないから(`◇´*)」
「別に病気だっていいし。死にたいから(`ε´)」
とかって。


明日、担任と面談をするがそこで例の女子の発言についてやこれからのことを話す予定。
少し見通しが立てばいいんだけどねー。

2018年6月23日 (土)

「学校に行かなくていい」という選択

とりあえず、今は「心の安定」が必要ではないかということで学校を「休ませて」いる。

かつて仕事をしていた中学の相談室でスクールカウンセラーがよく言っていたことを思い出す・・・。
リストカットを頻繁にする生徒がいてそういう精神的に不安定な子供をどうして登校させるのか、安心できる家にいるべきなのになぜ親は登校させるのか、とよく言っていた。
自傷行為はせずとも「自殺したい」とか言ってるtakちゃんはそれに近いわけでそれを思い出したこともあるしやっぱり本人が「行きたくない」と強く思うところに行っても・・・というのも理由の一つ。

逆に思ったわけ。
自分がもし(前回の記事に出てきた女子が言い放った『死』に関わる言葉を)言われたらと。

行かないよ・・(u_u。)
てか、

行けない。

takちゃんを覆う、かねてから記事にしている「不安」があるところにそういう過激な言葉を言われてしまい、「自分が嫌われている」というような環境に「行く」というのは大人の自分も・・はっきり言って「行きたくない」と思う。
例えばサークルとか、何か友達関係のグループとか。そういうところに置き換えてみて、そんなことを言う人がいるところには正直行きたくない、と・・・・。

思う。

だから、

(学校には)行かなくていい、と。


ただ、違う視点で見ると親だから子供を守ることを考えればそうなった、という話でもはや「学校がどうのこうの」というレベルではない、っていうのが現状。だから学校に行かないことを肯定してるわけではない。
登校レベルではない、ということなわけで。


その後、ちょっといろいろと忙しくて担任とかに連絡が出来ていないからその女子のことやこちらの状況を学校に伝えていないため、来週には一度学校に行って話をしてくる予定。
友人にこの話をしたら学校に抗議するべきだ!と怒ってくれたけど・・正直自分には今はそのエネルギーがない。
そのことにエネルギーを使うほど余裕がない、というか。
だから彼女に自分の代わりに学校に抗議をお願いします(  ̄▽ ̄)、と言ったほどで、今は目の前のtakちゃんの対応に手いっぱい。


そんな。

状況ですが、来週月曜に担任と面談をする都合をつけまして。


冷静に考えればここをどうにかしなければtakちゃんがクラスに戻ることが出来ないとなればやっぱりエネルギーを使ってこようかと。
非常電源ですかね。

とりあえず今日はアロママッサージに行ってきたので・・なんとか(;;;´Д`)ゝ


2018年6月22日 (金)

登校しなくなった決定打

小学6年女子の爆弾・・・・。

「不登校になったかと思った」などと言ってくれて素直に「じゃあ不登校になってやる!」と受けるほうも受けるほうだけど、良くも悪くも「言葉」から受ける威力というのは強く響くもので結局この言葉のあと、何かというと「オレはどうせ不登校だから」「みんながそう思ってるってのがわかったから」と言うようになってしまった。

そこで跳ね返せる力がないのはわかるけどさ・・・・。

そしてその後は登校をしなくなり、次に登校したのはそれから1週間後。
takちゃんはずいぶんがんばって登校したなあ・・という印象だったが帰宅してからは終始笑顔で夕方も遊びに出かけて行ったから明日もこの調子で大丈夫じゃない?と思ったほどだった。

が。

翌朝「おれ、もう学校には行かない」と。 えーー!?昨日あんなに楽しそうに帰ってきたのに?何かあったの?!と聞くと、どうも爆弾発言をした女子にまた爆弾を投下されたらしい。
しかも今度は「死」という言葉を使って言われたという。・・・ちょっと言葉の詳細は省くけど、それについての会話の応酬があってその中身を教えてくれた。takちゃんが言われたあとに言い返したこと、それに対して言ってきたこと・・・。
だからそんなことを言われたからもう「行かない」と。

さすがにそれは私も「そんなことを言われたなら行かなくていいよ!」と言って休ませた。
そして早速担任に報告をして女子に聞き取りをしてもらうようお願いしたが……翌々日に返ってきたのは「その子はそんなことを言ったかなあ・・・と。話の流れで言ったかもしれないし・・・覚えてないです」ということだった。


・・・まさかとは思いますが。

(ー_ー;)

・・・その聞き取りを100%鵜呑みにしてないですよね?

息子が話をしてくれた女子との会話のやりとりも先生には伝えてあるけどかなり具体的で整合性もあるしそんな「言ったかなあ・・・」というようなグレーな会話ではなかった様子ですけど。
もし本当に言ってないなら「言ってません!!」と断言するだろうに・・・、「言ったかなあ・・」と濁したということは「言ったけど正直に答えると自分の立場が悪くなる、でも”言ってません”と断言はできない」という・・・ね・・、そういう心理状態だと思うんですよね。

だから「覚えてない」と。 語弊があるかもしれないけど6年女子は・・・・・侮れません。
kanaちゃんのときもいろいろ経験したけどなかなか子供の海千山千ですよ(-_-X)

あとは自分としてはtakちゃんがその会話を作り話にするほどの技量がない、ということ。
そう言われてtakちゃんはどうしたの?と言う質問に対して自分が発した言葉、そしてそれを受けて女子が返した言葉。その後何回か時間を置いて聞いてみたけど毎回同じことを言う。
 
現場に居たわけではないし、結局言った言わないの水かけ論だけど・・・自分の子供だから、ということではなく。
客観的に見ても・・・・と、思えるわけだけど。


それを言ったその女子は普段からそういう一言多いタイプと聞いたから自分より弱い立場と見えるであろう相手には余計にそうなるのかな、という印象。
にしても言っていいことと悪いことくらいはもう判断ができる歳。おまけにそういうことを簡単に相手に命令口調で言う神経が驚いた。

その女子が「覚えてない」と言ったのならそれ以上指導するようなことに踏み込めないのかどうなのか。よくわからないけど自分としてはもうどうでもいい。
例えば女子の親御さんにその話が伝わって仮に謝罪の連絡が来たとしても正直「言ってしまったものは消せません」としか言えず、それによってtakちゃんは本格的に学校へ行くことに嫌悪感を生んだことは間違いないわけだし多分今回謝罪となってもその女子がクラスにいる以上は何ら環境が変わらない。
それなら学校に行ったところで・・・と。

なので最近は息子よりも自分のほうが「学校行かなくていいじゃん」ていう感じが・・・ヾ(;´Д`A
とはいうものの、takちゃんは本当は学校が好きだし友達と遊びたいし学校生活を送りたい、と思っているのはよくわかる。

でも。

「行かれない」。

「行きたくない」とは言うけど「行くのが怖い」んだと思う。


そこをどうしていくか。今さらクラスを変えられるわけでもなく、戻るなら今のクラスだし、そうした場合どうしたら戻れるのか。


只今その勉強をしております。・・・母が。


2018年6月13日 (水)

登校がどんどん渋っていく最近

25日に無事に修学旅行から帰ってきた。

そしてゆっくり土日を過ごし、さあ月曜日。

100%予想通りにーーーー!!やっぱり「休み」となった。

体の疲れが取れないのもあったらしい。何せ修学旅行当日の朝は4時半に起き、一日散策して10時に就寝。そして翌日は6時に起床しまた散策三昧・・という普段の生活と全く違う時間の過ごし方と環境、おまけにレクリエーション係だかなんだかと担当も受け持ち・・・それで疲れないわけがないわけだけど土日の休養では足りなかったらしい。結局月曜、火曜日と休んだ。

そんなに疲れが取れていないのであればー、

水曜日は好きなだけ寝なさいな!・・ということで担任の先生にもあらかじめお話をしておいて水曜日は自分から目覚めるまで朝は放置しておいた。
そしたら8時過ぎに起きてきて「・・・もうこんな時間だよw(゚o゚)w!?」と。学校休みたい人が「こんな時間だよ!?」と驚くのか、とこっちが驚いたが充分寝たせいか目もすっきりしている。takちゃんには先生にはこのことは言ってあるから安心していいよと伝え、準備が出来次第登校しようか、と話すと「うん・・」という返事。
「登校する気持ちはあるんだな」というのが伺え・・・今のうちに登校ペースに持って行かないとまたいつスイッチが入るかわからない!と少々焦りながら準備を。

が。
ご飯も食べてじゃあ行こうかね・・・・というところで、まさかの?やっぱりの?「行く気がしない・・・・」と。

「行く気がしない」とはよく意味がわからないけど?と聞くと「頭がちょっと痛い」と。
「頭が痛い」と言われるとこちらが頭が痛い。 症状らしい症状が目に見えるわけではなくあくまでも本人の訴えのみ。それに痛いとはどういう痛みかが全く見当つかない。「行きたくない」から「頭が痛い」というのかもしれないし。さてさてどうなんだろうか。

でもその日は前日、前々日の気温が高く晴天だったのと違って曇りで気温が低かった。気温差とかの影響ですか?低気圧ってやつですか?
昼間で様子を見てたけど「頭の痛いのが取れない」と言われ、結局休み。

もったいないなあ・・(;´Д` せっかく登校できると思ったのに。

そして翌日木曜日。ちょっと夫が一緒に朝は起きてきたのもあってその緊迫感が背中を後押しして普通に登校班で登校。「しんどかったら途中で帰ってきていいからね」とコソっと話をして送り出した。
てっきり途中で早退しますの電話があるかと思いきや、普通に6時間目まで過ごし、普通に下校してきた。
そして放課後は近所の野球クラブの練習にも出かけたし活動的でいいですね、っていう一日だった。

これで明日に繋げられるかなと思っていたのに翌日金曜日の朝、「学校行かない」と再び宣言。
理由を聞いてみると「昨日学校着いたら隣の席の女子に『(ずっと休みが多かったから)不登校になったかと思った!』と言われた」と。

「だから不登校になってやる」と。

え?ヾ( ̄0 ̄;ノ・・・・?!いやいや、そこは「オレは不登校じゃないから!」と言ってがんばるんじゃないんかい?!

「不登校だって言われたから不登校になる!」って、認めちゃっていいの?と聞いたら「いい!」と。
「だってみんなオレのこと嫌いだし不登校だって思ってるしそんなところに行っても意味がないし!」とまくし立てて話された。まあこういうときって何を言っても火消し出来るものがないから自然に鎮火するのを待つしかないけど・・・。
この状態にハマると抜けださせるのにちょっと大変なんだよな・・と思いながらとりあえず話を聴く。

というか・・・・、ほんと女子って・・言ってくれるよなあ(-ε-)
皆がみんなそうじゃないけど・・よりによって隣の席の女子にそういうタイプか・・Σ(;・∀・)
以前からちょっと一言多いですね、という印象があったけどまさに今回はソレ。わざわざ言わなくてもいいことを・・・。

そういうのをスルーできる子はスルーするんだろうけどtakちゃんの場合はスルーできないからねえ。
しかも「欠席の正当な理由」として使っちゃうからねえ。

でも、まだまだその子は爆弾を持っていたわけです(-_-X)

2018年6月 6日 (水)

「親子の未来を支える会」というピアサポート

先日素敵なご縁がありました。

インターネット上のピアサポートシステムを運営されている「親子の未来を支える会」http://www.fab-support.org/というNPO法人様です。

出生前診断などで何かしら胎児に心配なことがあった場合、その心配ごとや悩みを相談し、同じ経験のある人から話をしてもらったりしてサポートしてもらう、あるいは仲間を見つけてお互いをサポートする、専門家に相談してみる・・・。

そうすることで少しでも前を向ける環境を提供できる、そういう場所(◎´∀`)ノ

今はインターネットが(今さらこんなことを言うのもなんだけど・・・)普及したおかげで時間問わずこういう場所で相談が出来る環境は本当にうらやましいなと。
自分がtakちゃんを産んだ11年前はネットはあったもののここまでの相談機関というのはほとんど無くて、あったとしてももっと敷居が高く、ましてや「同じ立場の・・・」というのではなかっただけにほんとにこういうのがあればいいなあ・・・と、思っていた。
このブログを始めたきっかけも疾患や医療の情報はネットでたくさん検索できて情報を得ることはできたけど病児の日常とか身近な情報、例えば学校はどうした?プールのときは?体育は?夏の暑さ対策はどうしてた?遠足は参加させてた?・・・そういう目の前のことの情報を得たり、相談できるソースが全く無かったといってよく・・疾患のことよりどっちかというとそういう情報のほうが欲しいのに・・と。
そういう思いからそれなら自分から発信しようじゃないの、ということがきっかけでこのブログをスタートした。

だから・・・だから当時、このピアサポートがあればなあ・・・・(;д;)!!!!と、本気で残念に思った(;・∀・)という・・・。


一番必要だと思うのは。


母親がとにかく前を向くきっかけがある、ということ。

前を向けが進む力も生まれる。

・・・という事だと思う。

リンクしたので興味ある方はぜひヽ(´▽`)/

2018年6月 5日 (火)

「移行期」という時期

ここ数年「成人先天性心疾患」外来を設置する病院が増えてきたけどこれはほんとに急務だと思う。
・・・と、その専門家の方々は普及の運動に只今いろいろ努めてらっしゃるとお聞きしているがほんとに・・・子供の成長は早いしもうあっちゅうまに5歳が10歳、10歳が15歳・・ついこの間フォンタンをしたと思ったらもう遠隔期!思春期!成人!!!っていう時間の早さを最近実感。
あ。takちゃんはまだ成人ではないですけど。
只今思春期というか、その手前の・・・・ところっぽいけど今ほんとになかなか毎日大変な状況・・・(;ω;)

でも成人先天性心疾患外来も急務だけどそれよりも手前の小児でもない、成人でもない時期、一般的には思春期外来と言ってるがそれを心疾患に当てはめた「移行期外来」という(思春期外来とちょっと趣旨は異なるが)のも急務だなと思う。

『生まれつき重度の心疾患を持って生まれた子供』という意味。

医療者ではないのであまり詳細な情報を載せることはできないけど最近いろいろ知る機会があって改めてそのイミを、takちゃんという人間を見つめなおすきっかけがあった。

発達や知的な面がゆっくりだったり、生活の中で違和感を感じたり、「子供あるある」とはまたちょっと違うんじゃないかと思う行動だったり。
そんな感じのいろいろがあーそういう意味だったのね、と最近つながったというか。

かといって落胆をしているわけではなく、それならそれでtakちゃんに合ったやり方や育て方があるわけだから生活の中でいろいろ今は試行錯誤中。学校に行く、ということももともと無理強いはさせてないけどやっぱりそこはそれなりの対応すべきだなと確信した。

7月に発達検査を受けることにした。
うちはどっちかというと知的面より「情緒面」に心配があるためやはり専門家に診てもらおうかなと。
発達検査というとマイナスなイメージを持ちやすいのは否めない。でもそれは大人の、親の都合であって子供本人にしてみれば生活しづらい、果ては生きづらさを抱えながら生活、人生を送るわけだからそれは決して大人の都合で左右してはならないと思う。

生活でしんどい思いしているのは?
友人関係で悩んでいるのは?

・・・・・誰?

その子に合ったやり方を知れば当人はもちろん、周囲(学校、友達、家族)も楽なはず。
怒りかた、注意の仕方、作業の進め方、教え方など・・・。

そういった精神面のサポートも移行期外来では扱うと聞いているがこれまたまだまだ「移行期」という言葉ですら全く認知にはほど遠くという状況。でもそんな中、ちょっとご縁があってその外来を立ち上げた方に出会い、今月中に一度受診することが決まった。
実際その外来も手探り状態らしいからどうなるかわからないけど・・・・。できればそういう思春期的な話もできたらいいなと思う。

といった、違う局面を迎えて日々目まぐるしい最近・・・・(;;;´Д`)

2018年5月24日 (木)

「感情の振り幅」と周囲の理解

「感情の振り幅」があるはあるけど最近はその「振り」の時間が短くなってきたなと。

以前、一番手を焼いた年明けの5年の3学期のときは一度(気持ちが)落ちたあとのリカバリーはだいたい1日くらいはかかっていて翌日の朝まで持ち越して結局それで学校を休む・・ということが何度かあった。それに比べれば今は長くて半日まで短縮。うまくいっちゃえば午前中は休むにしても午後から登校しちゃう~、っていうことも。

それを考えてみればだいぶtakちゃんもがんばってるなあと思う。
ま、修学旅行があるからね(;・∀・)
こういう子はだいたい「イベント」を目標に頑張らせるけど当人もそれに向かって頑張れるならそれはそれでいいこと。ただ怖いのはこういうイベントが終わったあとの”虚無感”?みたいなのを感じてしまうとちょっとヤバい。

ということで本日から1泊2日で修学旅行に出かけていきましたよ。

ちょっと不安定な今週だったから担任の先生も自分も「と、当日が全く読めませんね・・((・(ェ)・;))」と
付き添いで同行する養護の先生ともいろいろ打ち合わせしたりしたけど「朝、(学校に)来るかどうか。まずそこですよねヾ(;´Д`A」と。

一度気持ちが落ちたらズドーーーーーーンと落ちる。そういうときは目の前に「人参」をぶら下げても全く効果が無い。むしろそういうときに「人参」をちらつかせようものならそれすらも拒否をする。
実際に「ほらー、修学旅行もあるからさあ、学年全体の事前説明があるんだから(学校に)行ってみたら?」と言ってみたら案の定「就学旅行なんて行かないし」と言ったことがあった。それが今週の火曜日。
2日後はその修学旅行ですがΣ(;・∀・)!!

そういうときはいわゆる”ほとぼりが冷める”のを待つしかないわけでそれこそ案の定嵐が去ったあとにはせっせとおやつや着替えの準備などをしておりましたがね。

そんなドキドキハラハラな今週だったけど本日無事に・・・。本当に文字通り「無事」に・・・・・、修学旅行に行ったわけです。
はー、ほんと・・・・、疲れすぎだわ(;;;´Д`)ゝ


先週、個人面談があって本来なら毎年恒例の「体育の授業について」とか「takちゃんのことのについて」などをお話させていただくところ、今年は4年のときの担任だったことと、もう今現在「心臓疾患」なんかより(・・・『なんかより』と言ってしまうくらい(-ε-))そんなことよりも!こういう毎日である!ということの方がモンダイで・・・・ということで今年は「不登校傾向」についての話をさせて頂いた。

幸いというか、担任の先生は以前は中学校の支援級の先生だったということもあり(多分それがあるからtakちゃんの担任になったと思う。・・ほぼそれは確信)、だいたいそういう子の傾向をよくご存じだけに。
とてもありがたいお言葉をかけて頂いた。

「takちゃんのペースで登校して全然かまいません。こちらのことは気にしないでください」と。

確かにこういう子の傾向として「気持ち」を最優先すると学校とかのルールや時間枠はもはや当てはめて行動することが難しい。気持ちが上がれば登校するしダメなら登校できない、ということを先生はよく理解して下さっていることに本当に救われた。
「教員」とはいえやっぱりそこんとこは「ガッコウなんだからね」とまずそれを言う教員も多い。果てはそういうのは甘えに繋がるとかわがままだとかって考えちゃう教員も・・・少なくない。
確かにそこの境はわかりにくいしそこを見ていくには時間が掛かることだから即座にそう言ってしまうのもわからなくはないけど。

でも本当に。

母親の負担といいますか、心労といいますか・・・・。
コトバ一つで救われ、コトバ一つで傷づくわけです。

とりあえず今は担任の先生のそのお言葉でなんとか・・折れずにキープ。
キープどころかそれをどこか拠り所にしているところがあるかも(;´Д⊂


2018年5月18日 (金)

気になっていた「感情の振り幅」

takちゃんの感情の振り幅が極端なことに最近気が付いた。

何かをきっかけにしてガクンと気持ちが落ちたときは決まって「自殺したい」とか「死にたい」とか口走る。そして時間をかけて気持ちを持ち直した状態(=普段の状態)がまたしばらくあってまた何かをきっかけにしてガクンと落ちるときがある・・というのを繰り返していてその『普段の状態』と『ガクンと落ちた時』の振り幅が大きいなあ・・・・・・・Σ( ゜Д゜)と。

それが1回や2回だけでならそういう気分なときもたまにはあるよね、という程度かもしれないがこの数か月を見ていてそれが割と多い感じがしてちょっとこれって「感情面」で何か・・・・特性があるんじゃないかと思い、来月発達検査を受けることにした。

実はいきなり「発達検査」というわけでもなく、自分の中ではかねてからtakちゃんのちょっとそういうのが気になっていたのは事実。別にそれを受けて結果として特に問題ナシと出ればそれはそれでいいわけで(でも自分の中では何かが出る?だろうという予想をしているが・・・)、何か問題(注意すべき点)が出たのであればその子のそれに合わせた対応を知ることができるからそんな特別なことととは考えてない。

どうもtakちゃんのそういう気分の移り変わりを見ているとちょっと通常の子供が考えているような振り幅とは違うような感じがする・・んだよなあ((・(ェ)・;))

そこでいろいろ聞いてみたところ、発達検査は心療内科でだいたい受診できるが今は半年待ちはざらで検査どころか「心療内科」を予約するのも大変らしい。
現にうちの近所でも3,4か月待ちはふつー。・・・病ってだいたいが「今」必要としているのに3,4か月待つなんて・・って感じだけど特に「小児」の心療内科を扱っている病院が少ないのもあるようだ。

昔は子供が心療内科にかかるなんて想像すらしなかったけど・・・時代なんでしょうかね。

他に、診療内科を受診せずして検査が出来る施設といえば隣市では教育相談室で心理カウンセラーが対応している。ちなみに(中学校の)相談員は絶対に「検査を受けてみましょうか」という促しも提案もしてはいけないことになっていて保護者から尋ねられたり希望があれば手配に動くがそれ以外は言ってはダメ。しかも学校の先生も。・・言ってはダメでその発言権があるのはスクールカウンセラーのみ。
デリケートな問題ということがあって人によっては「うちの子にそんな検査するってどういうことですか?!」と捉えられてしまうこともまあよくあるある。「発達検査=支援級=通常級ではない=何かしら障害がある」、という印象が大きいのだが必ずしもそうなるわけではないしむしろ検査を受けないために生きずらさを感じて日常を”困っている”生徒さんがいることを考えればもっと対応を考えればいいのに・・と相談室にいたとき思っていた。
・・・あとはよくある「責任」よね。責任の所在、を避けたいってところがあるっぽい。

というー、いろいろなオトナの事情の蛇足はさておき、自分が住んでいる市町村ではスクールカウンセラーがいるのに病院を紹介される。スクールカウンセラーは臨床心理を学んだ「臨床心理カウンセラー」であり、その資格があれば検査ができるのにどうしてうちの市町村でやらないのかがわからない。
こんな感じで行政によって対応がバラバラ・・というのも不思議。

じゃあどうしようか。
忍耐強く4か月待つか。4か月なんて案外あっという間だし・・とも考えたけどあることに閃いた( ̄ー+ ̄)

今通っているプレイセラピーをしてくれている臨床心理センターではどうか?!ここってまさにそれ「専門」じゃん?!・・ってことでちょっと聞いてみたら「あ、すぐ(検査)できますよ」って。

ヾ( ̄0 ̄;ノ

すぐって?と聞くと「本人(子供)の同意があればいつでも」って。

え・・・・ええぇぇぇ?!  ・・・温度差ありすぎ!

それじゃあ、ってことで「来月」に決定 ( ̄▽ ̄)

検査受けてみて例えば知的にもこれが得意、これが不得意、感情面でも極端なところ、注意すべきところがわかれば学校の先生も親もそれに合った対応が出来るしそういう対応をされれば何よりtakちゃんの気持ちが落ちつくのではないか。

やっぱりそこが重要。
振り幅が大きいのを見ていると一番本人がシンドそう・・・。本人にはそれの自覚はないだろうが気持ちの面で疲れてるな・・と最近思うことが多い。

2018年5月11日 (金)

「相談」でお世話になっている先々

takちゃんのこういうモンダイが顕著に出た年明け。
心の奥から変えていかないとモンダイが長引くな・・と思って勤務先のカウンセラーさんに相談を少ししていた。そしたら子供(特に小学生まで対象)にはプレイセラピーがいいですよと近隣の大学の臨床心理センターを紹介して頂いた。ここの大学には児童心理学があり、そこの院生がカウンセリングをしているという。
プレイセラピーは調べてみると言葉の表現がうまく出来ない子供には遊びを通して自己表現をさせるという。その表現や行動から子供の内面を探るというものらしい。

*プレイセラピー*
大人だと何か悩みを抱えていたりすれば「誰かに」相談、とかそういうところに言って話を聞いてもらうとかいう手段ができるが子供が、特に小学生が自分の言葉で自分の気持ちを表現したりするのはかなり大変だし「相談する」ということ自体がまだわからない。遊ぶことを通して子供を見る、というのはなるほどなーと思った。
takちゃんも児童館でよく遊ぶしこれはいいかも、ということで3月から週1回、1回50分のプレイセラピーを今のところ続けている。並行して自分も親面談ということで(プレイセラピーとは違う)カウンセラーと同じ50分間カウンセリングをしてもらっている。
ちなみに民間のカウンセリングより爆安・・Σ(;・∀・) 民間だとたいてい50分(とか60分)で¥5~8000あたりが相場だけどこちらは親子で¥1000也。

・・・値段がどうのこうの・・という問題ではないけど「院生」=「学生」のカウンセラーであるということを考えると彼らの勉強台でもあるってことか?と。まあ・・・そういうことなんだろうけど、まあ・・・カウンセリングを受けてみて「あー、社会経験が無いからどうなのかな」・・っつー印象かな。そういう意味ではちょっと自分的にはまあ・・・だけどtakちゃんはすごく毎回楽しみにしているし今のところこれでいいんではないかな・・・・と思って継続中(゚ー゚;

*教育相談室とスクールカウンセラー*
そして来年中学生になるわけだからちょっと中学にも繋げておきたいと思い、まず行政の教育相談室と面談、そして中学に配置されているスクールカウンセラーと面談(自分のみ)。
これは担任の先生にお願いして教育相談室に繋いでもらった。

今時は中学に「相談室」というのが設けられていて相談員(1または2名)とスクールカウンセラー(SC)が配置されている。ただ、SCは毎日いるわけじゃなくて毎週1回か隔週かという配置だから面談したいときのタイミングが難しい。そして学区内の小学校の自分のような保護者も面談対象になっているはず。
自分が勤務していた市の中学では毎月1回、学区内の小学校に訪問して特に5,6年生の授業を参観させてもらったり子供たちと一緒に給食を食べたりして来年度、再来年度に中学に入学してくるために生徒の様子を把握すべく業務があった。事前に情報(登校渋り、不登校の生徒がいる、検査は受けてないみたいだけど発達に心配な生徒がいる、家庭が複雑な子がいる・・などなど)を把握して中学入学後の対応を整えるのが目的。もちろん小中連絡会というそれぞれの学校の先生同士の情報交換会はあるがそれに加えて日ごろの様子を相談員が把握し、中学に入学して万が一相談室登校になっても対応しやすくするためでもある。
が、自分んとこの自治体の中学校の相談員の小学校訪問というのは無いというのを知ってびっくりしたけど行政によってそのシステム?はそれぞれ違うらしい((・(ェ)・;))

・・・という、ことをたまたま自分が中学の相談員だったからこれを知っていたけどもしそうじゃなかったらSCへ繋ぐという考えは小学校の先生から例えばSCと話をしてみますか?とかなんとか提案されない以上、きっとわからなかったことだと思う。それを考えると不幸中の幸いだったというか何というか。成るべくしてこうなった?というか何というか。

なので、こんな感じで相談をしているわけですが。

それぞれの「職務上の立場」が色濃く出るなあと。
教育相談室の相談員の一人は長年小学校教諭だった人が多い。いわゆる教育委員会の人?
ということはあくまでも「学校側目線」。当たり前っちゃー、当たり前だけど・・・「学校に行かれるか行かれないか」ということにこだわる?っていうか。だからぶっちゃけもうちょっとtakちゃん本人のことを考えた目線でお願いします・・と心の中で思っていながら話をしていたがそんな・・印象。
かたや、SCはやはり中立ということもあり、全体を見いているがどっちかというと・・・・生活面やtakちゃん本人を主体にしている感じ。それらを踏まえてからのー、「学校に行きたくない、って思うんだよね」という感じ。
しかもこちらのSCは”安定の”臨床経験豊富なベテランカウンセラー(◎´∀`)。話をしていてとても安心感があった。

ということで、自分の印象としてはこれからはSCをメインに考え方や対応をまとめていったほうがいいかなとは思っているけど何せ隔週の面談だからねえ。その間にいろいろと”起こった”ときにすぐに相談ができないのが困った困った(u_u。)
あ、ちなみにこちらは当然・・・無料。時間は60分。

*担任*
そして当然「担任」。
日ごろの様子の情報交換はもちろん、学校でtakちゃんと個別で話を聴いてもらったりと対応してくださっている。


年明けからこんな感じでいろいろと相談をそれぞれしてもらっていて思ったけど・・・。
相談するって・・体力と気力が結構必要てこともわかった。だって同じことをその先々で話をするわけで・・・、だいたい同じ質問が来て同じ回答をして・・、登校渋りの原因にtakちゃんの疾患の話やそれにまつわる生活面も同時に話していかないといけなく・・・・。
この間話をしていて気づいたらこっちの導入の話だけでざっくり45分くらいかかったし・・・( ̄◆ ̄;)
・・・それプラス、質問され、自分の考えを述べ・・・・あっという間に60分経ってしまってそのころになるとだいたい「あ・・お母さん、すみません。ちょっとお時間が来てしまって・・・また次回お願いしたいのですが・・・」というパターン。

しょうがないことと分かっているけど、なんかこれから「煮込むぞっ!」ところで火を止めちゃった、っていう・・・感じというかね(;;;´Д`)ゝ

2018年5月 7日 (月)

子供の気持ちや態度を言葉にしてみる

「子供の様子を言語化して子供にも自分の様子がわかるように表現をするといい。」

という話を聞いて実践してみた。

学校に行きたくないと布団を被ったままで布団から出てこない状態や物を投げたりするような状態。自殺したいだの家出したいだの自分はろくな人間じゃない、自分は何も出来ない、・・・そういう心の状態のときにそういう態度をされるとこっちはびっくりしてつい「そんなこと言わないで」とか「なんで(学校に)行かないの?」とか「早く布団から出てきなさい」、「死ぬなんて言わないで」などと、「その状態」に対して言葉を投げかけてしまいがちだけどいったんそこは置いといて・・・・。

今の子供の心の状態がそういう態度や言動なんだ・・と、ちょっと引いた目線で見ると、かける言葉も変わってくるんだなと。

死にたい、家出したいと言うほど辛いんだね。
物を投げたりしたくなるくらい嫌なことがあったんだね。
布団から出たくないくらい学校に行きたくないんだね。

こんな感じで子供の態度を言葉に変えてあげると子供も今の自分の気持ちが客観的にとらえることができるという。出来たかどうか…・言葉を聞いて態度が改まったかどうかという結果はすぐになんて出ないけど少なくても自分でもよくわかっていないであろう心のもやもやをわかりやすく言葉にすることで「何か」は届いているはず・・・と、信じたいところ。

でもこうして言語化するとこちらも対応がしやすくなるじゃん?て。
じゃあ辛いって何が辛いんだろう、嫌な事って何だろう、学校に行きたくないってなんでだろう・・・。
心のモンダイの原因て、明確ですぐにわかるようなことよりもどっちかというといろいろなことが複雑に絡み合っている場合が多い。だから辛いことや嫌なことがわかったからといってじゃあそこを改善すれば大丈夫かといったらそうじゃない。でもそれを足掛かりにして辿っていくきっかけにはなる。そうすれば少しづついろいろなものが見えてくるのではないか?って。

そして、面白いことに?この言語化はこういうマイナスな状態のときよりもプラスの行動のときに対応してあげると結果が意外とわかりやすく出た、というのがわかった。

つまり、「小さい肯定感」を積み上げていっている最中にそれをしてあげると・・・。
いわゆる「褒める」というのもその一つだと思うがそこをもっと具体的に表してあげるのだ。何かお手伝いをしてくれたら「手伝ってくれてありがとう。忙しかったから手伝ってくれてとても助かったよ。」から始まって事あるごとに『あなたがそれをしてくれたお陰で・・・・・・・』
『ママは助かった』
『嬉しかった』
『ここまで作業が進んだ』
『言ってくれなければ忘れるところだった』

・・・大前提の大前提で「takちゃんの場合は」としての話だけど、
『朝自分で起きてこれたね』と。
というのも、その状態の前はなかなか起きてこないからおんぶしたりお姫様抱っこしたりして担いで起こしてきたがそのときは『布団から出られたじゃん』と。
学校から帰ってきたときも『今日は一日頑張ったね』
宿題も寝る間際になってぎりぎりの時間で始めるときがあるが『よく忘れなかったね』
などなど。

もっとエピソードとしてはたくさんあるけど「細かすぎて」伝わらない感じがするから割愛(;´▽`A``

まあそんな感じで日常的には「そんなの当たり前でしょ」と思うことばっかりかもしれない。でも「当たり前」だと思うと(今の)takちゃんの心の様子は見えない。ほんとだったら布団から早く出て支度しなさい、とかなんで宿題をもっと早い時間に終わらせないの!とかこっちも言いたい。でも今はまだそれを言っていい状態というかtakちゃんの心がそこまでの状態になっていないだろうから今は我慢我慢・・・・。

学校に行かないときだって「なんで行かないの!?」「風邪も引いてないのに休むの?!」と夫のように自分も言いたいのよね。

と、もとい。
プラスの行動に対して言葉で表現したり対応をしてあげると少しづつみるみるうちに気持ちが前向きになっているのがよくわかるのだ。
「少しづつ」でありながら「みるみるうちに」って矛盾しているけど「大きく前進はしないけど以前より子供の様子が上向きになってきている」という感じだろうか。そうすると心の体力がついてきて以前だったら凹んだようなことでも引きずらないで気持ちの切り替えが早かったりして「あれ?」という場面が結構見られる。

あとは「安心感」を与えてあげることだろうか。

学校を休むことを決めたあなたは間違っていない、ということと共に「学校休んだってどうってことない」「いくらだって方法ある」ということを話してあげる。ここで学校休んだからといって他の方法をすぐ選ばなくてはいけないわけじゃないしそう決まったわけでもない。でも「余裕」を持たせてあげないと「学校休んだ」という罪悪感を持ったままでは復帰がなかなか難しくなってくる。

父親というのは母親よりも社会に出ている分そのあたりの話をしても柔軟性があまりない感じを受ける。その手の話の知識や経験がある人なら違うだろうがそうじゃない場合はその「余裕」が「逃げ」や「甘え」ととらえてしまう場合が少なくない。

迂回しているだけなのにね。人よりちょっと違った道を通っていくことに何の問題があるだろうか。
ほんとの「逃げ」や「甘え」とは違うんだってのに。

2018年5月 4日 (金)

「自己肯定感」の積み上げ作業

「どうせ自分なんて」
「いくらがんばったって駄目なんだ」
「学校に行かないでろくな人生を送ってもいいんだ」

‥‥という感じのことをずっと言ってたtakちゃん。

どこでどうしてこういう思考になったのか。「そんなつもりで育てたわけじゃないのに!」とはよく言ったものでまさにその通りだったからそんなことを言い出して塞ぎこんでるtakちゃんを見て驚いた。
考えてみると、5年生になってからの「やらされ感」はかなり影響しているんじゃないかなあと。あとは学校を休んでいることを認めてもらえなかった父親に「学校に行かないと・・・・・」という枕詞から始まるいろいろなことを言われてしまったことも影響があったと。
夫もそうだけど自分もどこかで影響を与えてたのはあるかもしれない。ただ、やっぱり男子は父親の影響がかなり大きいんだ・・というのを体感?
目の前で起こったわけです(´д`|||)

というのも小さな肯定感を少しづつ与え与え与え・・・・・、ほんとに小石か砂粒を積み上げるようにしていってやっと数センチ積みあがった・・・というときに「なんで休んでるんだ?」という、たったそれだけの声掛けで積みあげたものはもちろん、その地面からざっくりえぐり取っていくかのようになし崩しにされてしまう・・・というのが目の前でたびたび起こったわけだ。
つまり、takちゃんの頑として登校しない状態を受け入れ、気分が落ち着くまで(受け入れられる範囲で)好きなことをさせること。そして遅刻や早退してもそれが出来たことを褒める。takちゃんは人から頼まれることが好きだから買い物を頼んだり手伝いをしてくれたことを褒める。そういうことをしないでただ何もしないで(マンガやゲーム、テレビだけで)過ごしても「今日は1日自分の気持ちを落ち着かせようと頑張ったね」と言う。
そんなこんなを積み上げていき、「少し」という量にもならないほんとにわずかなコトの積み上げている最中にその声掛けで気持ちがガガガーっと大きく退く。そしてマイナス思考が復活する。「パパが学校に行かないやつはダメだって言ってる」が脳ミソに貼りついてしまう。なかなかそれが取れない。やっと取れたのに……………。という感じでしょうか(-""-;)

その、えぐり取られた跡再び地面を整地するところか始まり小石を探し一つ一つ積み上げて・・・という作業を何度したことか。
お願いだからそれは言わないで・・・とお願いしてるのにどうもそういうことを発してしまう・・・という堂々巡りというか何というか。

「発した」後のことはお構いなしというか考えてないから余計にこちらの手間も増えるわけで。
まあ、そこんとこは前回の記事にあるようにやっぱり考え方の違いが大きいというところから来るんだと思う。だからもっとすり合わせをして対応を一本化にすべきところ・・・そこがそもそもうまくいってなかったのは反省しなくてはいけないのですが。

そういう・・・ざっくりえぐり取られたときに「あー、その一言がどんだけまたマイナス(の方向)に戻るか・・・」と愕然・・・という感じを受けた。しかもその手の言葉はそんな頻繁にあったわけではなかっただけにざっくり感が大きいと感じた。現にtakちゃんの様子が上向きかけていたのにそういう言葉によって一気に急降下していくのがわかったし、そこからまた元の状態までに戻す”労力”を考えるとやっぱり影響力が強いなあと体感したわけなのだ。

とはいえ、ここでえぐり取られたままではtakちゃんがさらにどんどん後退してしまう。それをまず戻す方向に持っていき心の地盤を整えた状態にしないと!ということを常に考えた。

要は自己肯定感が低くなっちゃったわけだからそこを改善しないと( ノД`)…
それが「小さな肯定感を少しづつ与え与え・・・積み上げていった」というもの。ほんとに「小さいことからコツコツと」じゃないけど実際やってみると「もう5年生に言う(褒める)ようなことじゃないよね、これ」というようなことがたくさんあった。でもそういう幼稚のようなことでも何でもtakちゃんの”行動”に対して認めてあげることが大事だなと。

そこの考えがないというか及ばないというか、夫はそういうこちらの対応を見てもどかしくも思っていたようだし無駄なことをと思っていた(いる)みたいだけどいいの、いいの。
そしてtakちゃんには常に言っておく。

「大丈夫だから」
「あなたは何も悪いことはしてないんだから堂々としてなさい」

と。

そう、悪いことしてないのに罪悪感があるのね、不登校児は。それは周囲がそう思わせてるんだろうね。
違うのにね。

「学校に行かないという選択をしたあなたは正しいんだよ」と、言い換える。
「自分で”行かない”という選択を決定できたってことはすごいことなんだよ」と「肯定部分」を見つけて教えてあげる。

・・地道な・・・結構アタマ使う作業なんですΣ(;・∀・)

«「保健室でお使いください」ということで。

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